2019年 11月 19日 (火)

由紀さおり、「私、攻めてるの」
「歌うたい」の新たな挑戦

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   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   初めてその曲を耳にした時、おもわず背筋が伸びた。それから身震いをした。何度目かに聞いた時には涙が出そうになった。刀を真っすぐにこちらに向けて構えている。正眼の構えをする剣士のようだったのだ。この人がこういう歌をうたうのか、と思った。

    曲自体は音楽ファンならよく知っているものだ。井上陽水の「人生が二度あれば」。1972年発売のデビューシングルである。父親と母親の人生を歌った、かなりシリアスな曲だ。その後の彼の曲の中でも最も重い曲になるかもしれない。

歌いこなすのは難関

   歌っていたのは由紀さおり。柔和な笑顔とふくよかな美声。まもなく歌手生活50年になろうとしている大ベテランである。じっくりと腰を据えて一言一言を噛みしめながら語り掛けるように歌う。こみ上げる感情を押さえつつ、情緒過剰にならないようにギリギリの節度を保ちつつ、張り裂けそうな思いが伝わってくる。大ヒットした「夜明けのスキャット」や「手紙」などで聴いていたのとは明らかに違う由紀さおりだった。

   11月29日に由紀さおりのアルバム「歌うたいのバラッド~由紀さおりシンガーソングライターを歌う~」が出た。彼女がシンガーソングライターの書いた曲を歌うというアルバムである。

   由紀さおりには、73年に吉田拓郎の書いた「ルームライト(室内灯)」もある。76年のシングル「つかの間の雨」は伊勢正三が書いている。中島みゆきが自分でカバーしている「帰省」は、由紀さおり、安田祥子姉妹に提供されたものだ。それらの曲を軸に、吉田拓郎、松任谷由実、さだまさし、松山千春、斉藤和義らの曲を歌ったアルバムだった。「人生が二度あれば」は、その最後に収められている。

   「歌うたい」と「シンガーソングライター」とはその成り立ちがかなり違う。「シンガーソングライター」は、自分の言葉を自分のメロデイで歌う人のことだ。自分で歌うのだから音楽の方程式や定石にとらわれない自由な作り方をしている。他の人が歌うことは前提になっていないために歌いこなすのは難関という曲も少なくない。

   彼らが自分以外の歌い手に提供した曲はその逆で、自分では歌えない曲調や歌わないテーマだったりする。アルバム「歌うたいのバラッド~由紀さおりシンガーソングライターを歌う~」は、そうした曲を、生涯歌うたいである彼女がどう歌うか、というアルバムだった。

   タイトルになっている「歌うたいのバラッド」は、97年の斉藤和義のシングルである。今でこそ、男女を問わずカバーするアーティストが絶えない名曲になっているものの、当時はヒットチャートにも入らない知られざる曲だった。もし、2007年にMr.Childrenの桜井和寿と音楽プロデューサーの小林武史が組んだバンド、Bank Bandがカバーしなかったら、ここまでの曲になっていなかったかもしれない。

   斉藤和義は、以前、筆者のインタビューに「好きなギターにばっかり夢中になって歌がおろそかになっている気がして、自分を戒めようと思って作った」と話していた。

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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