2019年 4月 24日 (水)

海苔かまぼこの深さ 平松洋子さんがこだわる「手抜き」の妙とは?

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   GINZA3月号の「小さな料理 大きな味」で、エッセイストの平松洋子さんが「海苔かまぼこ」への愛を連ねている。かまぼこに焼き海苔を巻いただけの、料理とも呼べないような一品ながら、平松さんはそこに「剛速球のエネルギー」を感じるという。

「かねがね思っていることなのだが、『手抜き』という言い方には抵抗がある...自分で『これ、手抜き』と申告すると卑下している感じだし、誰かに『手抜きだね』と言われれば責められている気分。考え過ぎでしょうか」

   この冒頭、「手をかけたものがおいしい」という思い込みに今から逆らいますよ、という準備運動、大げさに言えば宣戦布告のようなものだろう。

「もちろん、長い時間ことこと煮込んだスープやシチューは、そりゃあおいしい。手間ひまと時間を費やした料理には、おのずと熱量があるから。でも、その反対、手間も時間もかけない直球の一品にも、剛速球ならではのエネルギーがある」

   先回りして「そりゃあ...」と反論を封じ、いなし、読者を押したり引いたりしながら自分のペースに巻き込んでいく。手練れのテクニックである。

   平松さんは「たしかに手はかかっていなくても、手を抜いたわけではまったくない。私の偏愛する海苔かまぼこは、そんな一品だ」と、核心に踏み入る。

  • 試作した「海苔かまぼこ」。安い品でも見栄えのいい酒肴になります=冨永写す
    試作した「海苔かまぼこ」。安い品でも見栄えのいい酒肴になります=冨永写す

白い肌に、黒い着物

   厚めに切ったかまぼこに海苔を巻く。おろしたてのワサビを添えれば理想だが、「なに、なければ省いても問題ない」。包丁を使うのが面倒な向きは、かまぼこを手でちぎるのもアリ。口あたりに変化が出て、かえって面白いそうだ。

「黄金の組み合わせです。魚のすり身のおいしさ、それをおおらかに受けとめる海苔の懐のふかさ。何度食べても飽きないし、食べるたびにすごいなあと感嘆する」

   同郷の食材二つ。それらの合体を「黄金」と呼ぶのはいかにも偏愛だが、ここまで読んできた読者はすでに平松さんの術中にハマり、疑問を差しはさむことはない。

「朝ごはん、晩ごはんにもうひと品欲しいなというとき。小腹が空いたとき。お茶漬けにもどうぞ。晩酌にさっと一品添えたいときも、これに頼っている。裏切られたことは一度もない」

   ただし「間然するところのないぴっちりとした味わい」を得るには、かまぼこは上質のものを選ぶべし。良いかまぼこは、うどんや煮物に入れたり、細かく切って吸い物に散らしたりすると、なかなかいいダシが出るそうだ。なるほど。

「漆黒の海苔の着物を一枚まとうかまぼこは、ちょっと艶っぽい。それも好き」

   かまぼこを白い柔肌に例えた末尾は、プロの修辞を今か今かと待つ読者へのサービスだろうか。

ひらがなの多い文章で

   食にまつわる作品で知られる平松さんは、引用部分でもお分かりの通り、ひらがなが多い平易な文章が持ち味。私を含め、食い道楽の書棚には何冊か並んでいるはずだ。

   かまぼこと海苔。シンプルな取り合わせには意表を突かれた。いや、それ自体は蕎麦屋の品書きあたりにありそうで驚きはない。それより、白と黒だけで一本書けるのかという意地悪な興味。生ギターひとつで2時間の舞台がもつのかと。さすがの筆力である。

   手をかければおいしくなるわけではない。この、本作の隠れテーマには大いに同意する。雑味を排し、引き算の料理と言われる和食が典型だ。最たるものは生魚を切って並べた「だけの」刺身だろう。ゴマカシが効かないから、料理人は素材の産地や鮮度は当然のこと、包丁の切れ味、脇役の醤油やワサビ、器にまで気を配ることになる。

   他方「足し算」の西洋料理でも、ブイヨンにバターや生クリームを加えたソースで素材を化けさせる伝統的なフレンチと、オリーブオイルで素早く仕上げるイタリアンなどは趣が異なる。どちらが美味いか、という話ではない。

   平松さんが書くように、レシピが複雑なほど万人の舌が喜ぶわけでもない。料理には最上の、心を込めた「手抜き」というものがあるらしい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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