2019年 12月 12日 (木)

ゴリラになる話 山極寿一さんは強弱で決着をつける人間社会に物申す

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   Tarzan(8月22日号)の「感覚的身体論」で、京都大学総長の山極寿一さんがゴリラについて書いている。京大トップを務めて5年近く...というより、霊長類学者として知られる人である。1978年から続けるゴリラ観察のフィールドはアフリカのジャングル。今の立場は何かと窮屈だろうと、余計な心配をしている。

「ゴリラは人間を映す鏡です。ゴリラと人間は時代を遡れば共通祖先に行きつくわけだし、遺伝子も近い...戦後の日本で誕生した霊長類学は、野生のニホンザルの調査研究を通して『人間以外の動物にも社会が認められる』という、欧米の人類学になかった新しい視点をもたらしました」

   霊長類には我々ヒトのほか、ゴリラやチンパンジー、オランウーランなどの類人猿、その他のサル等が含まれる。人間社会の起源を知るには、類人猿の社会を野生地で研究し、彼我を比較することが重要な作業になる。研究者の戦場である。

「まずゴリラに『なってみる』ことが大切です。人間って真似がうまいから何かに『なってみる』ことができるんですね...存在そのものになった感覚を味わうことができる...ゴリラがどういうことを気にして、どういうことを見ながら社会を作っているのか、カラダで感じなきゃ始まりません」
  • まずゴリラに「なってみる」
    まずゴリラに「なってみる」

オスは振り向かない

   ゴリラは毎日、ジャングルの違う場所で寝るので、ねぐらに見当をつけたら研究者はキャンプ地に戻り、食べて寝て、早朝の暗いうちに観察地に引き返す。その繰り返しだ。果実は夜のうちに熟す。その食べごろを欲するゴリラは、すばしこい鳥やサルに先を越されないよう、狙った果実の近くで寝る。もちろん、より競争が少ない木の葉や草も食べる。

「ゴリラのオスを見てると、まず絶対に後ろを振り向きませんね。それがゴリラのオスの威厳、強さの証明。振り返っちゃったら自分が弱い証拠になっちゃう」

   なんと「人間くさい」ことか。喧嘩になれば必ず仲間が仲裁に入るので、それを見越して争い始める。つまり「お互いメンツを保って引き分けること」を目論んでいる。

   「そこが賢いというか...人間だって勝ち負けじゃない社会を作ることができるはずなのに、やっぱり当事者同士で勝敗を決めて、強いか弱いかで解決してしまう傾向を持っている」...この点はゴリラ以下の、残念ながら「サル的」な部分でもあるらしい(トホホ)。

「マウンティングっていうのは、(類人猿以下の=冨永注)サル社会のあり方なんですね。人間の社会は時間をかけて強弱だけでない解決策を築いてきたのに、人の移動が頻繁になり、インターネット上のやり取りも増えて、サル的な勝ち負けで単純に決着をつける傾向が強まってきた。それでよいのだろうか?」

   こうした「気づき」こそが、フィールドワークの果実、醍醐味ということである。

知恵と思索、そして情念

   上記で30回を数える「感覚的身体論」は、カラダにこだわるTarzanらしいコラムだ。筆者を代えながら数回ずつの連載でつないでおり、この「遊牧民」でもすでに、野村萬斎さん神田松之丞さんの「身体論」を採り上げた。今回の山極さんは初回で、次回はゴリラ観察の「気づき」を書くそうだ。興味がある向きは同誌をお求めいただきたい。

   動物園でしか見ていないが、ゴリラはいかつい見た目とは裏腹に、実は繊細な「心」を持っているのではないかと思わせる風情である。類人猿の代表的3種のイメージを2字で表せば、チンパンジーは知恵、オランウータンは思索、ゴリラは情念とでもなろうか。

   第一人者がその領域で書いた文章は、素人でも自信を持って引用できる。読んで楽しく、書いて美味しい。ハイエナ冥利と言っては卑下しすぎだろうが、実にありがたい存在だ。ただし、元の作品にオリジナリティがあるというのが大前提だ。

   熟した実を狙うゴリラは早起きで、オスは振り向かず、ケンカは仲裁を前提に始める...どれも私には驚きであり、多くの人に知らせたいという心持ちにさせる。現代人はゴリラ以下、実はサル並みではないかという指摘を含め、示唆に富む。これこそ、読者と一緒にさまよいたいと私が念じる、情報と表現のオアシスである。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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