2019年 12月 13日 (金)

思い出のラーメン鍋 吉田戦車さんは妻に隠れて自室で調理した

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   FLASH(11月5日号)の「ごめん買っちゃった」で、吉田戦車さんがラーメン鍋への愛を記している。昔の苦労話から書き起こして最近のエピソードへ。漫画作品の〈不条理〉とは別世界の、妻に(たぶん)頭が上がらないクリエーターの日常が垣間見える。

「袋麺、カップ麺共に、インスタントラーメンを一番食べていたのは、やっぱり20代の頃だ。健康を気づかい、年々消費量は減っているものの、今でもたまに無性に食べたくなり、5袋パックを買ったりしているわけだった」

   コラムは、自身の即席めん遍歴を語って始まる。ちなみに、吉田さんが20代の頃といえば1980年代から90年前後、カップの生産量が袋を抜いた時代である。経済記者だった私が「即席めん カップが主流に、18年で袋入り抜く」を書いたのは89年だった。

   お子さんがまだ小さい頃、吉田さんは台所を自由に使えなかった。昼間は妻子とベビーシッターが在宅していたためだ。そこで筆者は6畳の自室にカセットコンロを持ち込み、自炊を試みる。カップ麺ではなく、どうしても袋麺を作りたかったらしい。

「あの『炎が見たい...』という強い気持ち。赤ん坊はかわいいものの、相当ストレスがたまっていたんだなあ、と思う」

   そして欠かせないのが鍋である。ネットで見つけたそれは、オオイ金属の片手鍋「アルミラーメン鍋 17㎝」だった。千円ほどしたという。

「届いた鍋を手にとると、薄手でとても軽い。だが、チープなようでいて、作りに荒っぽさはなく、堅実な昔の工業製品に見えた」
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    マルちゃん「昔ながらの中華そば」冨永作。これはやや高級な半生タイプ

AV視聴の後ろめたさ

   掃き出し窓から湯気を逃がしつつ、楽しくラーメンを作ること数回。事態は暗転する。

「食べている最中いきなり入ってきた妻に、アダルト動画視聴中の現場でも目撃してしまったような顔をされ、『秘密の自室クッキング』はそれでおしまいになった」

   冷静に省みれば、換気と残り汁の処理、洗い物ができないことなどハードルは高かった。漫画家という商売柄、自室には「水分厳禁」の原稿や本もたくさんあった。

   あれから数年を経た現在、子どもは小学生となり、台所を自由に使える時間は増えた。久しぶりに「袋ラーメン欲」が高まった吉田さんは、東京では入手が難しいマルちゃんの(正麺ではないほうの)塩、しょうゆ、みそ味を故郷(岩手県=冨永注)で買い込む。少年時代の定番だ。まず塩味を手にとった筆者は、台所でステンレス5層の片手鍋を準備しながら「待てよ」と思う。

「この歴史あるパッケージのラーメンには、あのアルミのラーメン鍋が似合うのではないか?...昔のインスタントラーメンの香りが、おどろくほど似合う...気がする」

   押入れから数年ぶりに「あの鍋」を引っ張り出した吉田さんは、あれこれ考える。

「部屋クッキング、おもしろかったなー。でも二度としないだろうなー。子供もずいぶんでかくなったなー、などと思いながら、鍋から直接食べた」

袋ならではの作った感

   吉田さんが冒頭で触れたラーメンの「5袋パック」は、乾麺の代表的な売り方で「〇〇の××味」を5個まとめたもの。私もしばしば買うが、300円台後半が多いだろうか。

   即席ラーメン業界は、パイオニアの日清食品をはじめ、マルちゃんの東洋水産、サッポロ一番のサンヨー食品、チャルメラの明星食品などがしのぎを削る。ほとんどの袋麺は作るのに鍋での加熱が必要で、このひと手間がカップ麺に対する劣位(面倒)でもあり、優位(調理感)でもある。

   この作品のハイライトは、言うまでもなく最後の8文字...「鍋から直接食べた」だろう。かつての「自炊時代」もそういう食べ方をしていたのか、と思わせる迫力。これこれ、これが食べたいんだよ俺は、という執念を感じさせる描写だ。

   そして、袋麺ならではの「作ったぞ感」が、吉田さんのノスタルジーを荒々しいまでに倍加させたことは想像に難くない。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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