2020年 11月 26日 (木)

ラヴェルの1914年と「ピアノ三重奏曲」(前編)

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   先週と先々週にわたって、フランスの楽譜出版社、デュランが発行したロマン派の巨匠たち・・ショパン、シューマン、メンデルスゾーンのピアノ楽譜の校訂が、それぞれ、ドビュッシー、フォーレ、ラヴェル、とその時代のフランスを代表する大作曲家たちによって行われていたということを取り上げました。これは、全世界を巻き込み、フランス本土も戦場となった未曽有の大戦争、第一次世界大戦が始まって2年目の「1915年」という奇跡的なタイミングでデュランからの依頼が各作曲家にあり、実現したものです

  • ラヴェルのピアノ三重奏曲の楽譜。1914年と、大きく年号が記されている
    ラヴェルのピアノ三重奏曲の楽譜。1914年と、大きく年号が記されている
  • ラヴェルのピアノ三重奏曲の楽譜。1914年と、大きく年号が記されている

ラヴェルの「遺書」と感じるわけ

   ドビュッシーは大戦集結の1918年に病気で亡くなり、一方、ラヴェルは、第一次大戦に従軍し、戦場に赴くことになるので、こちらにも命の危険が迫っていました。

   この時期のラヴェルについては、すでに「3つの歌」から「楽園の三羽の美しい鳥」や、「クープランの墓」で取り上げていますが、もう一つ、大変重要な作品があるのです。

   それが、今回取り上げる「ピアノ三重奏曲」。ヴァイオリンと、チェロと、ピアノというスタンダードな編成によって演奏されるピアノ・トリオですが、その規模の大きさといい、華麗な音楽といい、技巧を凝らした凝った作りといい、傑作ぞろいのラヴェルの作品の中でも白眉の作品であるだけでなく、クラシック音楽のレパートリーの中でも評価の高い名曲です。

   しかし、この曲は、私がピアニストとして演奏していて、ラヴェルの「戦時期の音楽」の中でも特別な存在だな、と感じることがありました。一言でいえば、これは、ラヴェルの「遺書」または「遺言」だと感じるのです。

   どうしてか?・・・ということを具体的に解明していきましょう。

本田聖嗣プロフィール
私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミエ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラ マ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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