由来が恐ろしげな激しい舞曲「タランテラ」 超絶テクを駆使したリストのバージョン

   つい最近、世界的に「ヒアリ」の被害が喧伝され、日本にも上陸しつつある・・・というニュースが流れました。南米原産のヒアリは、地元ブラジルなどでは数々の天敵が存在するために、それほど突出した存在ではないそうなのですが、その天敵から身を守るためのサバイバル生存術が驚異的なため、天敵のいない北米などに上陸すると、爆発的に繁殖し、周囲への影響が甚大なのだそうです。

   今日は、昆虫ではありませんが、蜘蛛類のエピソードを由来に持つ、激しいピアノの曲、リストの「タランテラ」を取り上げましょう。

不気味な低音域から始まる『タランテラ』
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地下宗教の儀式?タランチュラに刺されて踊る?

   「タランテラ」というのは、クラシック音楽の「性格小品」の一つです。南イタリアを起源とする舞曲なのですが、南のダンスらしく、速くて、軽快で、ときには激しさを感じさせるほどの曲想を持っています。

   タランテラ、というタイトルの由来は、はっきりしていません。というか、おそらく、複数の起源を持っているため、一つに絞り込めないといったほうが良いでしょう。南イタリアのプーリア地方の港湾都市、タラントを起源とするダンスのため「タランテラ」と呼ばれたという説が、もっとも穏便なものですが、そのほかにも、時として激しい様相を見せる「タランテラ」は、そのプーリア地方に勢力を張っていてローマ帝国に禁止された地下宗教の儀式に使われた熱狂のダンスであるとか、この地域に特徴的な毒蜘蛛「タランチュラ」に刺されたときに、痙攣(けいれん)して激しく踊る様子が由来であるとか、はたまた、逆に毒蜘蛛の毒が回らないようにするために激しく踊らねばならず、それがタランテラの発祥であるとか・・・実に様々な「伝説」に彩られています。実際には、プーリア地方の激しく陽気な舞踏の曲と、同じ南イタリアのナポリに伝わる、カップルのダンスなどが融合して、「南イタリア発祥のタランテラ」という曲の形式が出来上がったようです。

   「タランテラ」は多くのクラシックの作曲家を魅了し、ロッシーニ、メンデルスゾーン、ショパン、サン=サーンス、チャイコフスキー、ドビュッシー、ストラヴィンスキーなど、錚々(そうそう)たるメンバーが「タランテラ」を作曲しています。

   しかし、その中でも、ピアノの魔術師と呼ばれ、超絶技巧を誇ったコンサートピアニストでもあったフランツ・リストの「タランテラ」は、特に有名で、良く演奏されます。

「毒蜘蛛パニック」を思わせる盛り上がり

   ハンガリー出身ではありますが、広く旅をしてフランスやドイツにも居住したリストは、イタリアにもゆかりの深い人でした。自身の結婚問題で悩んで、バチカンに直訴に行ったり、出家したりしたこともありますが、一方で、リストはクラシック音楽発祥の地であり、古代からの文明が折り重なるように体感できる「イタリア」に、ゲーテのように魅了された、といってもいいでしょう。

   そんなリストのピアノ作品に、「巡礼の年」というシリーズがあり、その第3集にあたる「巡礼の年 第2年補遺 ヴェネツィアとナポリ」の最終第3曲目が、「タランテラ」です。「巡礼の年」シリーズを締めくくるに値する、派手な曲を作るのに、南イタリアの激しい舞曲形式「タランテラ」をリストが選んだのは、自然なことだったのでしょう。

   冒頭から激しい連打とともに、不気味なダンスが始まるこの曲は、中間部では一転して、ナポリのゴンドラの船頭の舟歌を思わせるようなカンツォーネ風の旋律が出てきます。最後の部分では、リストの超絶技巧をフルに活かした激しいダンスになり、クライマックスを迎えるところなどは、まさに「毒蜘蛛パニック」を思わせる盛り上がりぶりです。

   ロマン派ピアノ曲の白眉の一つであるこの曲は、人気曲となり、現在では単独で演奏されることも多くなっています。毒のある蜘蛛は恐ろしいですが、それにインスパイアされてできた、ヴィルトオーゾな「タランテラ」は、今日も、我々を楽しませてくれます。 

本田聖嗣

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