緑色の効用 壇蜜さんは有名ホラー映画の絶叫シーンで救われた

   週刊新潮(6月30日号)の「だんだん蜜味」で、壇蜜さんが緑色の効用について説いている。まずは「生まれも育ちも東京西部」という知人の話から。

   その女性は23区ど真ん中の大学に進学、近くに独り住まいし、数年間だけ「緑が少ない環境」での生活を経験した。勉強やアルバイトに追われる日々、何より辛かったのは近くに公園や遊歩道がないことだったという。

「幼い頃から『緑ある場所』を身近に感じてきた彼女に『精神をじわじわ締め付けられた』と言わしめた...かつての当たり前がかなわない生活。それが精神衛生的によろしくないと実感し、先々のことを吟味して元の環境に自身を落ち着かせたそうだ」

   卒業後は生地にUターンし、そこで家族をもうけた彼女曰く...

〈あの緑ロスがなかったら、心のリカバリーポイント(回復のきっかけ=冨永注)は緑ある場所だということに気づかなかったんじゃないかな〉

   ちなみに壇蜜さんの〈リカバリーポイント〉はコンビニだという。

「緑をこよなく愛する彼女の精神的な清らかさとは別物の、妙な渇望ぶりや俗っぽさみたいなものが漂う...いや本当に、私はコンビニが自宅近くにないと心穏やかに生きていけない。決して大げさな言い回しではないのだ」
緑色は都会人の心を癒す=世田谷区内で
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心を安定させる色

   そんな筆者も、緑という色の効用については肯定的だ。緑(または青)は人をホッとさせ、心の安定を回復させる、すなわち人の精神を正常に戻すという研究があるらしい。

「踏切の前の立ち止まる場所や自殺者が多い駅のホームの前列付近には、緑色や青色に彩色されたゾーンを設けているという話もある。聞くだに切ない話ではあるが、『そこで思い留まって欲しい』との願いが込められている」

   壇蜜さん自身、緑色のお陰で心を落ち着かせた経験があるという。某有名ホラー映画を観ていた時のことだ。少女に取り憑いた悪魔を退治しに来た神父に向けて、少女(悪魔)が口から緑の液体を噴き出して威嚇するシーンだった。

「緑の液体ということに、なぜだか恐怖心がほんの少し薄まった。黒や赤であれば、もはや少女も神父も助からないという絶望感が、黄色や青なら、そこはかとない人工感が、そしてピンクやオレンジだったらポップ感が醸し出される」

   どの色もこの場面にそぐわない。取り憑いた悪魔の仕業とはいえ、体内での生成物だ。現実にはなさそうで、ひょっとしたらあるかもしれない、そんな色でなければならない。

「その点、緑は『いま吐き出されるべき色』と悟った...そこで安心を得るなよ...と自分自身にツッコんだが...」

   そして毎回恒例の「まとめの一句」は〈心身をあらかた鎮める若緑〉である。

豆スープが接点に

   飾らない文章が魅力の壇蜜エッセイ。今回もすっと読めた。

   彼女が触れた「有名ホラー映画」とは、もちろん1973年の米国作品「エクソシスト」である。リンダ・ブレア演じる少女リーガンに悪魔が取り憑く話。緑の液体を神父に吐きかけるグロテスクなシーンの撮影には、「小道具」としてエンドウ豆のポタージュが使われたとされる。そんなエピソードも筆者自作のイラストで添えられている。

   恐怖映画の中の緑色に、わずかながら救われる...地獄で仏か。コンクリートジャングルの公園や遊歩道にも、同様の効果や役割がある。緑豊かな三多摩地区で生まれた女性の「緑ロス」で始まる本作は、あの手この手でこの色の効用を説明していく。

   緑が嫌い、グリーンが苦手という人はそういない。植物の色である。万人に好まれるのは、同じ生物としての親近感ゆえだろうか。都市の緑には、日陰をつくってヒートアイランド現象を和らげる仕事が期待されているし、何より見た目が人を癒やす。

   いちおう食にまつわる連載なので、そこからどう展開するのかと思いきや、筆者はホラー映画を持ってきた。「撮影に使われた豆スープ」という一点で辛うじて「食」とつながる仕掛けだ。それもやや強引に「いま吐き出されるべき色」として。

   本作で349回を数える人気連載だけに、編集者が筆者に与えた「自由度」は相当に大きいと見た。壇蜜さんもそれを楽しんでいる風なのがいい。

冨永 格

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