2024年 4月 25日 (木)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 
ウォール街の「少女像」が巻き起こした議論

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「ニューヨークに行ったら、まず『Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)』と写真を撮るの」

   初めてニューヨークを訪れるアメリカ中西部ウィスコンシン州に住む友人が、ここでまず一緒に写真を撮りたいのが、2017年3月に忽然とウォール街に現れた「Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)」のブロンズ像だという。

  • 「恐れを知らぬ少女像」の前で記念撮影をするために群がる人たち
    「恐れを知らぬ少女像」の前で記念撮影をするために群がる人たち
  • 「恐れを知らぬ少女像」の前で記念撮影をするために群がる人たち

「雄牛像」をしのぐ人気スポットに

   市内の像で「Statue of Liberty(自由の女神)」の次に有名なのが、ウォール街のシンボル「Charging Bull(チャージング・ブル、突進する雄牛)」のブロンズ像だ。少女のブロンズ像は、その雄牛像の前で、両手を腰に当て、胸を突き出し、勇敢に立ちはだかっているように見える。髪はポニーテールで、スカートをはいている。

   この少女像は、「International Women's Day(国際女性デー、2017年3月8日)に合わせてその前日に、資産運用会社「State Street Global Advisors(ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ)」が市の許可を得て設置した。彫刻家のクリステン・ヴィスバルさんが製作した高さ127センチの少女像は、ビジネスにおける男女の賃金格差を是正し、女性幹部の登用を企業に促すのが目的だ。

   トランプ大統領の女性に対する侮蔑的な発言などが批判されるなか、女性の権利、女性の不屈の精神と強さのシンボルとして、少女像は人気を集めた。各国のメディアやSNSに取り上げられ、たちまち観光名所になった。今でも毎日、市民や観光客が早朝から駆けつける。少女像の隣で同じポーズを取り、写真に納まっているのは、圧倒的に女性だ。

   私は雄牛像とともに少女像の写真を撮りたかったが、少女像に群がる人たちで、雄牛像が隠れてしまう。主役のはずの雄牛像は皆に背を向けられ、寂しげだ。

   ミネソタ州ミネアポリスから家族で観光に訪れたステイシーさん(43)は、「少女像はずっとここにあってほしい。私の会社でも、女性の幹部は全体の23%だけよ」と言う。

   アメリカでは、フルタイムで働く女性の年収は、男性の約80%といわれる。

   少女像の設置許可期間は、もともと1週間だったが、4月2日まで延長されることになった。撤去反対の声が高まり、設置を続けるための署名運動が起こった。その結果、ニューヨーク市は来年2月まで延長することにしたという。恒久的な設置に向けて、さらに運動が続けられている。

   トランプ氏の政策を公に批判しているビル・デブラシオ市長は、「少女像は女性のリーダシップについて活発な議論を生んだ。ニューヨーク市民にとって大きな意味を持つ」と述べている。

トランプ派も利用した

   ところが設置された数日後の夜、この少女が「トランプ支持者」に早変わりした。夜中にスカーフとサングラスで顔を隠した男性2人が現れ、トランプ大統領のスローガン「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)」が書かれた赤い野球帽を少女像に被せ、星条旗で体を覆った。ふたりが用意した大きなボードには、「REPORT DEPORT(報告しろ。国外退去させろ」、「VETS B4 ILLEGALS」(移民よりまず、退役軍人だ)などと書かれていた。翌朝には、少女像はもとの姿に戻っていたという。

   少女像の出現に憤慨し、撤去を訴える人もいる。雄牛像の製作者、アルトゥーロ・ディ・モディカ氏だ。

   「私の雄牛像は芸術作品だが、資産運用会社の依頼で作られた少女像は、企業のマーケティングにすぎない」と彼は批判する。

   「bull」は「雄牛」で、「bull market(ブル・マーケット)」は「上昇相場」の意味がある。1989年に株式市場が暴落した直後の12月に、アメリカを活気づけようと、モディカ氏がニューヨーク市民へのクリスマス・プレゼントとして、自費で35万ドルかけて製作、市の許可を得ずに設置した。

   「女性の地位向上に反対するわけではないけれど、私の彫刻はそういうものではない。雄牛はアメリカ、そして反映と強さのシンボルなんだ。少女像は、私の雄牛像を迫害者に仕立て上げ、意味合いを変えてしまう破壊行為だ」と訴える。

   少女像を設置した会社自体が、男女雇用機会均等を訴えていながら、最高幹部28人のうち女性はわずか5人と、同社の矛盾を指摘する声もある。

   「女性の雇用率が高くなれば、業績が向上する」などという同社の主張に対しても、「経済効果だけが女性参画の理由になるのはおかしい」と一部のフェミニストは反発する。

   この少女像のそばに、「自由の女神」が立つ「リバティ島」行きのフェリー乗り場がある。果たして、「自由の女神」のような普遍性を、この少女像が持つことになるのだろうか。(随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社 のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓 を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1 弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法 の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育 事情」(ともに岩波新書)などがある。


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