写真嫌いの西郷隆盛「生涯で唯一の1枚」!?維新で来日したドイツ人伝記に掲載

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   西郷隆盛の名前が記された写真がドイツで見つかったという。本当なら大ニュースだ。西郷は写真嫌いで、1枚も撮らせてないというのが定説となっている。教科書に載っている似顔絵も、東京・上野公園の銅像も、本人とは似ていないといわれる。銅像の除幕式で妻の糸子さんが、「こげん人じゃなか」といったという話も残っている。

   西郷の肖像はもう教科書で使われていないそうだ。よく知られた肖像画は日本の紙幣や切手の顔を描いていたキヨソネというイタリア人の画家が描いたもので、彼は西郷を知らないため、顔の上半分を西郷の弟の従道、下半分をいとこの大山巌からとってモンタージュしたのだった。

乃木希典、山県有朋、勝海舟らと集合写真

   長嶋一茂(スポーツプロデューサー)「日本史の勉強なんかしたことないので、こんな話を聞くと、しなくてよかったんだとおもっちゃうね」

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   司会の羽鳥慎一「正解だった!」

   冗談はともかく、ドイツで見つかった西郷の写真というのは、明治2年(1869年)に陸軍省のアドバイザーとして来日したドイツ人、ジュリアス・ヘルムという人が書いた「YOKOHAMA YANKEE」という伝記の中にあったという。ヘルムの子孫のレスリー・ヘルムさんという人がなぜか日本語ができて、電話とメールでオリジナル写真を見せてくれた。

   ヘルムを中心に8人が写った集合写真(4人が椅子に座り、4人が後ろに立っている)で、オリジナルの写真の裏に、ローマ字で乃木希典、大山巌、西郷隆盛、川村某、山県有朋、勝安房、ヘルム、西郷従道と記されていた。勝とヘルム以外は全員軍服に勲章をつけている。

   「後列の右から2番目ですね」とヘルムさんがいう。割と細面で、口ひげ、あごひげを生やし、額が広いが、眉は濃くないし、目もギョロ目ではない。なで肩でむしろ華奢なイメージだ。大山と山縣に挟まれて立っている。

   キャスターの宇賀なつみ「スリムでかっこいい」

   羽鳥「イメージが違う」

当時はインチキ合成写真が横行

   鹿児島に住む西郷のひ孫、西郷隆文さんに見せると、「薩摩顔じゃないね」という。隆文さんは太い眉、ギョロ目。西郷によく似ていたという長男、元京都市長の菊次郎さんも濃い眉と大きな目をしている。

   研究者の高柳毅さんは「軍服が意外」という。これまでいろいろ写真は出てきたが、すべて偽物だったという。「フルベッキ写真」というインチキ合成写真が有名だ。この写真もそうしたものの一つだろうか。

   歴史教師の浮世博史さんは「これは陸軍の写真で、勝海舟や西郷従道がいるのはかなりおかしい」という。撮影は明治7年(1874年)となっているが、西郷はその前年の明治6年に征韓論で敗れて下野、7年には東京にいなかったという指摘もある。また、勲章制度ができたのは明治8年からなので、写真の日付が間違っている可能性もあるともいう。

   羽鳥「一概に違うとも言い切れないんじゃない?」

   玉川徹(テレビ朝日ディレクター)「これ追求してくださいよ」

文   ヤンヤン | 似顔絵 池田マコト
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