〈3月のライオン・前編〉 「将棋は自分の全部だ」勝負にかける熱量が衝動駆りたてる!

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   「人生をかける」とは。「死ぬほど」とは。本物の努力を目の当りにしたら、もう軽々しく口にはできない。天才とは、持っている才覚の総量が違うだけでなく、たゆまず歩むからこそ天才であり続けられるのである。

   物語の主人公は、史上5人目の中学生プロ棋士にして、天涯孤独の身の上の天才少年・桐山零(神木隆之介)だ。まだ高校生ながら、里親家族との確執から家を出て、ひとり東京の下町に暮らす。桐山は、天真爛漫で友達に囲まれた「少年マンガ」の主人公とはほど遠い。人付き合いが苦手で、誰からも必要とされていないような気持ちに苛まれてばかりの、将棋の虫だ。それでも、誰よりも努力してきたから、時間も、思いも、すべてを賭してきたから、将棋だけは自分を裏切らない。強烈な自負が拠り所となっているからこそ、桐山は強く、脆い。死地で踏みとどまれるのも、一つの負けで人生を否定されたような気持になるのも、かけた熱量の裏返しなのだ。

   四季折々の川べりの風景、近所に住む川本家の三姉妹との関わり、プロ棋士仲間との切磋琢磨。そして、広く、深く目の前に横たわる、果てしない将棋の道。心を閉ざしていた桐山が、開いて、閉じて、傷ついて、少し強くなって。けして右肩上がりではなく、落ち込んだり、浮かれたりしながら進んでいくからこそ、物語はスピーディーなのに「嘘っぽく」ない。

  • (C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会
    (C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

厳選された対極シーンが秀逸

   原作ファンも納得の俳優陣のビジュアルもさることながら、秀逸なのは対極シーンの数々。前後半に分けるとはいえ、原作に散りばめられたエピソードの数はあまりに多い。だからこそ、取り上げられた対局は、厳選された物ばかり。義父を破った日、親友の敵を討った日、なめてかかった相手に返り討ちにあった日。憧れの人とさらなる深みを覗き込んだ日。さらに、選び抜かれた対戦が、これまた丁寧に描写されるのも憎い。展開の説明になりがちな「心の声」を多用しすぎず、表情やシーンの切り替えで、盤上の局面や零の気持ちを説明し、静謐な対局の風景を邪魔しない。

   エピソードの取捨選択の一方で、とりわけ原作よりも濃厚に描かれた、有村架純演じる義理の姉・杏子の将棋への執着も良かった。自身の持つ清純派のイメージと、気性の荒い美人という役柄とのギャップが心配された有村だが、童顔から放たれるねっとりと甘い声音と色香が、かえってコケティッシュ。ビジュアルのギャップが余計に、原作キャラクターの持つ、不安定さと可憐さを強調していた。

   静かに見える水面の下には、ぎらぎらと燃えたぎる自負がある。将棋は自分の全部だ、と言い切る故の激情がある。この程度で人生賭けたって言えんのかよという怒りがある。観る者をはっと立ちすくませ、思わず問い掛けずにはいられなくする。「自分にはここまでの、熱量をかけられるものがあるのか?」感動、というよりも、何かに向かって走り出さないといけないような衝動を駆りたてる。原作のエッセンスそのままのメッセージに、後編への期待が高まった(☆3つ半)

ばんぶぅ

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