2024年 5月 4日 (土)

【置き去りにされた被災地を歩く】第2回・千葉県柏市
「子どもを守ろう」パパが大奮闘 行政とタッグで「都市型除染」進める

   東日本大震災で東京電力福島第一原子力発電所が大きく壊れ、放射能が拡散した。被害が及んだのは原発周辺の地域だけでない。関東地方でも局所的に放射線量の高い「ホットスポット」が現れた。

   中でも首都圏のベッドタウン、千葉県柏市は数値が高かった。目に見えない「放射能の脅威」とどう戦うか。小さな子どもを守るため「まずできることから始めよう」と立ちあがった父親たちがいる。

公園や小中学校でも高い放射線量検出

秋山浩保・柏市長も参加したプロジェクトの除染作業(写真提供:つながろう柏!明るい未来プロジェクト)
秋山浩保・柏市長も参加したプロジェクトの除染作業(写真提供:つながろう柏!明るい未来プロジェクト)

   つくばエクスプレス「柏の葉キャンパス駅」周辺は新築マンションが多く建ち並び、東京大学や千葉大学のキャンパスもある。記者が訪れたのは2012年3月初旬の週末。駅に近い大型ショッピングモールは親子連れでにぎわっていた。

   駅から徒歩約20分で、県立柏の葉公園に着く。市民の憩いの場であり、本来であれば子どもを遊ばせるのにうってつけだ。ところがこの公園には人影が少ない。放射線量が高い場所があるからだ。3月7日には千葉県が除染作業をした。

   柏市は、市内の数多くの場所で線量を計測し、マップ化してウェブサイトで公開している。3月5日に更新された地上1メートル地点の数字を見ると、緑地や調整池を中心に1時間あたり0.4~0.6マイクロシーベルトと比較的高い値を示すところが点在しており、小中学校で同0.3マイクロシーベルトというケースもある。

   国は国際放射線防護委員会(ICRP)が2007年に出した勧告に基づいて、平常時は1年間に受ける放射線量を年間1ミリシーベルト以下に抑える方針を出している。これにより柏市では、1時間あたりの被ばく量の目標値として0.23マイクロシーベルトを掲げる。しかし、仮に前述のような場所に居続けた場合、現時点では目標とする年間被ばく量を超えてしまう計算になる。

   柏市に住む会社員の川田晃大さんは2011年10月、独力で「つながろう柏!明るい未来プロジェクト」を立ち上げた。市内の放射線の計測や除染、放射能問題に関する情報発信を手がけるグループだ。今日では会員およそ80人に拡大し、行政とも連携して活発に活動する。川田さんは市民運動の経験はなかったが、生まれたばかりの子どもをもつ父親として「子どもを守りたい」との一心から動いたのだと話す。

「思ったほど大変ではない」除染作業

柏の葉公園では、県による除染が実施された
柏の葉公園では、県による除染が実施された

   柏市では震災後、母親たちによるグループがつくられ、放射能対策に取り組んでいた。当初、父親は参加に消極的だった。放射能の危険性について、母親はとても不安に感じるが、父親は「大丈夫だろう」ととらえ、夫婦間で「温度差」があったのでは、と川田さんは考える。仕事の関係で動きづらかった男性もいたことだろう。

   川田家でも、夫人が大変心配していたため、川田さんが「安心させてあげよう」と状況を詳しく調べ始めたのがきっかけだ。ところが調べを進めれば進めるほど不安材料が次々と出てきて、「行動を起こさなければ大変なことになる」と感じた。それまでなかった「父親グループ」をつくれば、夫婦の間、さらには市民の間でも生じている放射能の考え方の「温度差」を埋められるのではとも考えたという。

   重要な活動のひとつが除染だ。実際に作業をした感想は「思ったほど大変ではありません」と川田さん。都市部である柏の場合アスファルトが多く、放射性物質が集まっている土の部分も限られている。汚染度の高い部分を特定し、スコップで取って移動させるだけで線量が下がるのだ。

   高圧洗浄を行う場合もあるが、「子どもの生活の動線に沿って土を取り除くだけでも、効果が上がっています」と川田さんは話す。実際の作業を通して、極端に大掛かりな作業ではなく、安全防護策を施したうえでなら比較的簡単に取り組める「都市型除染」の方法を身につけた。

   同時に、プロジェクトで積み上げたノウハウを公開し、情報を発信する大切さも強調する。「放射能の情報について感じたのは、正しいが専門的すぎて分かりにくいか、目を引くものの根拠に乏しいかのいずれかです。それは柏市民の実情に合いません」と川田さん。「ひとりの市民として放射能といかに向き合うか、どう対処しているかについて、私たちが実際に試した方法を知ってもらいたいと思います」。

   高線量という現実を目の当たりにしながら、「どうしてよいか分からない」という声を多く聞いた。正しい情報の不足が原因で、目に見えない放射線にどう対処すればよいのかの解釈をめぐって夫婦でケンカになるケースもある。プロジェクトでは達成可能な目標を掲げ、柏市民なりの解決策を探るうえで「自分たちでできることをやろう」と呼びかける。

「目的型のコミュニティー」として機能

   プロジェクトで特徴的なのが、行政との協業だ。川田さんは当初から市役所に赴き、「行政の協力がなければ正しい対策をとれない」と訴えてきた。スタート直後は市側と衝突することもあったが、現在は除染に必要な軍手やマスクといった用具を提供してくれる。一方、プロジェクトで培ったノウハウは行政と共有、蓄積して今後に生かしていくという。

   市でも市民が除染作業を行う際の「アドバイザー」育成に乗り出した。養成支援は、プロジェクトの除染チームの専門家があたっている。

   「つながろう柏」には他地域の団体から、プロジェクトの運営に関する問い合わせが寄せられ、会自体も拡大を続けている。都市部では隣近所の交流が希薄になって、「コミュニティーの崩壊」が問題になっているが、柏では「放射能に立ち向かう」「子どもを救う」という共通のゴールを定めた「目的型のコミュニティー」としてプロジェクトが機能し、そこから町会や地域内で同じ不安を抱える人たちのネットワーク構築につながっているのではないかと川田さんは考える。

   現時点では「年間被ばく線量1ミリシーベルト以下」を達成するうえで障害は多い。放射能から逃れようと、柏を離れ、転居をする住民もいる。

   柏市の人口統計をみると、2012年1月以降およそ100世帯ずつ減っており、ベッドタウンにもかかわらず、流出が続いているのも事実だ。いつになれば「見えない敵との戦い」に終わりがくるか、予想もできない。

   川田さんは「ずっとやり続けなければならないと思うと長続きしない」と考える。今のうちに、市民目線による正しい情報を広げて、多くの人を「自分も加わろう」と誘うようにすれば、おのずと会の活動も活発になり、その結果、除染も進んで「安心して住める街」になっていくのではないかとみている。

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