2018年 5月 23日 (水)

日本電産・永守氏が「次」を託す 吉本副社長の実力

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   日本を代表する「カリスマ創業者」の一人、日本電産の永守重信会長兼社長(73)がついに社長職を譲る。託したのは3年ほど前に入社したばかりの吉本浩之副社長(50)。2017年度に1.5兆円弱を見込む連結売上高を、20年度に2兆円、30年度に10兆円に伸ばすという大目標を掲げる永守氏。吉本氏が思いを共有して実行できるのか、その手腕が問われそうだ。

   永守氏と吉本氏は2018年2月15日、京都市内でそろって記者会見し、1973年の同社設立から初の社長交代を発表した。永守氏は吉本氏について「若く意欲的なプロ経営者。自分の50歳のときよりも高度で良い仕事をしている」とべた褒めし、吉本氏は「これまでの路線は全く変えない。世界中から尊敬される会社の礎を作りたい」と永守路線の継承を宣言した。6月20日付で正式に交代する。

  • 著書も多い永守氏(写真は、『日本電産永守イズムの挑戦』=日経ビジネス人文庫=)
    著書も多い永守氏(写真は、『日本電産永守イズムの挑戦』=日経ビジネス人文庫=)

子会社の業績を1年で急回復

   吉本氏は1991年に大阪大学人間科学部を卒業後、総合商社の日商岩井(現双日)に入社。自動車畑を歩み、2008年に自動車部品大手カルソニックカンセイに転職。12年に日産自動車に移ってタイの現地法人社長などを歴任し、15年3月に日本電産入りした。子会社で実績を積み、16年11月に副社長に就任していた。

   評価されたのは、企業再建の手腕だ。子会社である日本電産トーソクの業績を1年で急回復させ、その後も、停滞していた車載事業本部の成長を加速させた。「再建の手法とスピード感は私に近い」と永守氏に言わしめるほどだ。一方の吉本氏は「現場に入り込んで同じ目線で再建ビジョンを作り、問題のある事業を立て直すことがライフワーク」と自信を見せる。

   日本電産は1973年、28歳の永守氏が設立。自身を含め社員4人、プレハブ小屋からのスタートだった。「世界一になる」を合い言葉に、HDD用など精密小型モーターの開発、販売に明け暮れた。1988年に大証2部、98年に東証1部に上場した。

「実績をみながらCEOの権限も委譲」

   「回るもの、動くもの」に特化してM&Aを実行し、成長を加速させた。通常、M&Aは証券会社や銀行から提案されるケースが多いが、日本電産は自ら必要な企業を探し出して交渉する自前主義。買収案件は優に50件を超える。グループ会社は世界43か国で300社を超え、従業員は11万人に上る。

   グローバルな巨大企業となっただけに、一度に全部を引き継げない。永守氏は最高経営責任者(CEO)のまま、代表権のある会長に就く。吉本氏は最高執行責任者(COO)という立場だ。永守氏は役割分担について「最初は(仕事の)3割を渡す。それから6割、5割と逆転させ、実績をみながらCEOの権限も委譲する」と説明した。

   今後の電気自動車、ロボット、省エネ家電、ドローンなどの普及が予想され、モーターの需要もますます強まりそう。うまく追い風に乗って目標を達成できるか、注目だ。

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