2024年 4月 26日 (金)

日銀の責任逃れ? 「物価2%目標」めぐる新事態

   日銀が金融政策の目標とする「物価上昇率2%」の達成時期について、「2019年度ごろ」と明示していた文言を削除した。18年4月27日の金融政策決定会合で決めた。13年3月の黒田東彦総裁就任とともに「2%目標」を打ち出してから、当初の「2年程度で2%」が達成できなくなると、達成時期の見通しを6回先送りしていた。政策の「逐次投入」を愚策とする黒田総裁が、時期の「逐次延期」を繰り返さないということだが、目標達成は当面、困難だと認めた格好で、大手紙の論調も厳しい声が目立つ。

   日銀は最新の景気予測である「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」を年4回公表している。2017年7月以降、「2%程度に達する時期は、2019年度ごろになる可能性が高い」としていた。今回その表現を削除した。

  • 日銀、「物価上昇率2%」の達成時期は…
    日銀、「物価上昇率2%」の達成時期は…
  • 日銀、「物価上昇率2%」の達成時期は…

時期表現を削除

   これについて黒田総裁は、決定会合後の記者会見で「達成期限ではなく、見通しであることを明確にするため」と説明した。確かに日銀は、黒田総裁就任当時に「政策目標」として「2年2%」を打ち出した後、これが不可能になると、以後、政策目標としては「できるだけ早期」に改めた。その一方で、展望リポートが、そこから2%に届く時期の「見通し」を示し、先送りし続けた。実際、市場は達成見通しを事実上の目標時期と受け止め、追加緩和の観測が繰り返し浮上した。そうしたリアクションを避け、政策のフリーハンドを保持したいというのが今回の時期削除だとされる。

   もちろん、緩和姿勢が後退したと受け取られると、円高・株安を招くリスクがあるが、景気・物価の現状認識について黒田総裁が「物価上昇のモメンタム(勢い)は維持されており、2019年度ごろに目標に達する見通しに変わりはない」と強調したように、足元の景気は堅調で物価も上昇基調を保ち、追加緩和観測もほとんどない。そんな今こそ、時期削除のタイミングと判断したのだろう。実際、決定会合後も円高・株安に振れなかった。

   ただ、物価の見通しは総裁が言うほど楽観視できない。今回の展望リポートでは、2019年度の物価上昇率の見通しを前回1月と同じ1.8%に据え置いた。これは9人の委員の「中央値」で、分布をみると、4人の委員は1.3~1.7%を予想しており、新たに示した2020年度の見通しも1.8%にとどまる。さらに言えば、19年度の民間の予測の大勢は1%程度と、日銀よりかなり低い。今回の時期削除は、20年までに2%が達成できる可能性が低いことを日銀自身が認めたようなものともいえる。

   そもそも黒田総裁が「2年で2%」と打ち出したのは、人々に「物価は上がる」と思ってもらい、デフレマインド払拭を図る「期待に働きかける」狙いだった。さすがに6回も先送りすることで、かえって期待に水を差すマイナスの影響が大きくなってきたという事情もある。

「目標達成まで時間がかかっていることの説明責任」に言及

   この問題は、多くの大手紙が社説(産経は「主張」)で取り上げた。

   まず厳しいのが朝日だ。「地に足ついた見通しを」(5月2日)は「政策目標と客観的見通しをはっきり区別すること自体は、遅きに失したとはいえ望ましい方向だ」としつつ、「たんに記述を削除するだけでは、『目標未達』の批判を避けるための責任逃れと言わざるをえない」と断じる。日銀の見通しの信頼性を疑問視したうえで、「目標達成まで時間がかかっていることの説明責任も、引き続き問われる」として、「何が物価上昇を妨げているのか。それは現行の金融政策で乗り越えられるものなのか。国債の大量購入やマイナス金利、株式投資信託の買い入れという異例の政策を続けている以上、より深い分析と十分な説明が必要不可欠だ」と厳しく指摘。現行政策が行き詰まっているという基本認識からの批判といえるだろう。

   東京も「実体経済の好転が先だ」(5月4日)で、今回の決定を「異次元緩和の失敗をようやく認めたことを意味する」と切り捨てる。その心は「日銀が2%の達成時期を示し、それをコミットメント(約束)することで人々の物価上昇予想が高まると説明してきた。前提となる達成時期を示さなくなるのだから事実上、異次元緩和が失敗したことを認めたことになる」という論理で、朝日と同様、現行政策への疑念が根底にある。

   5月5日まで、今回の決定について社説を掲載していない毎日も、黒田総裁再任の際の「独立性の信念が試される」(4月12日)で、日銀の独立性との絡みで、「確かにデフレを止めることも『物価の安定』上、重要だろう。だが、......2%の物価目標にがんじがらめとなり、バブルや財政破綻で国民経済を大混乱に導いては元も子もない」と、現行政策に懐疑的な立場から、くぎを刺している。

   日経は「市場との対話の技術を磨け」(4月29日)で、今回の日銀の決定を「日銀と市場の2%目標をめぐる認識の溝を埋め、市場との対話を円滑にしようとする試みだ」と位置付けたうえで、「展望リポートの見通しを達成時期の目標ではないことを明確にしたのは一歩前進だが、物価目標の性格についてはまだわかりにくい面もある。日銀はさらに市場との対話を丁寧に進める必要がある」指摘。「日銀は今後も金融緩和策の副作用も含めて政策の検証を柔軟に進め、必要な修正をためらうべきではない」と書き、明示はしないものの、異次元緩和からの「出口」への備えも求める。

「現実的」との評価も

   産経は「『時期削除』の説明足りぬ」(4月29日)で、「いたずらに目標時期にとらわれて場当たり的に政策を変更するのは望ましくない」と、理解を示しつつ、「唐突に時期の明示をやめた波紋は小さくない。......(2%を実現する)道筋をどう描いているのかを、もっと丁寧に説明すべきである」とくぎを刺し、具体的に2019年度2%達成に黒田総裁が自信を示していることを槍玉に挙げ、「問題はこうした認識の説得力である」と疑問を呈する。さらに、「金融機関の収益悪化や市場のゆがみといった副作用が強く意識されている。そこに目配りし、いかに効果的な政策を講じるかが大事だ。......その意図を国民に分かりやすく示す」必要を指摘している。

   日経、産経は、「2%を達成するために、金融緩和を強化する必要はない局面だ」(日経)というように、基本的に現行政策の継続を肯定したうえで、副作用にも目配りした丁寧な説明を求める論旨で、ほぼ一致している。

   現行政策肯定で同じ立場の読売は、日銀の今回の決定への支持を鮮明にしている点で際立つ。タイトルからして「達成時期の削除は現実的だ」(4月30日)と謳い、まず「金融政策の自由度を高める狙いがあるのだろう。現実的な判断と言える。......時期の削除には、守れない約束を重ねて日銀の信任が損なわれる事態を避ける意図も窺われる」と、最大限の理解を示す。さすがに緩和策の拡大には「これ以上強化すれば弊害が広がりかねない」とする一方、「短兵急な金融引き締めへの転換は厳に避けるべきだ」と、政策の現状維持を強く求めている。

   このように、現行政策へのスタンスの違いはあっても、金融政策に限界があるという認識は常識だ。「日銀の緩和拡大に限りがあるだけに、持続的な経済成長には政府の役割が一層重要となる。......政策で消費拡大が生産を押し上げる好循環を作りたい」(産経)、「将来不安があるから国民は消費を控え、不確実性が高いから企業は賃上げや投資に踏み切れない面がある。目指すべきは、実体経済の好転に伴う『良い物価上昇』である」(東京)などの指摘は当然だろう。

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