2024年 5月 3日 (金)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
ユダヤ教徒が次々に感染するニューヨーク

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   2020年3月下旬、ニューヨーク市に住む正統派ユダヤ教徒の友人から、行われたばかりの彼女の親戚の結婚式の写真が送られてきた。これだけ新型コロナウイルスの感染が拡大しているなかで大勢が集まり、マスクをしている人はいなかった。

   式は野外で行われ、すぐそばにパトカーが止まっている。

   「早くしろ、早く終えろ、って始終、警官が叫び続けていたわ」と友人が電話で言った。

  • 例年のユダヤ教「過越しの祭り」の前に、この時期に食べてはいけないイースト入りのパンを超正統派ユダヤ教徒が燃やす。しかし、今年(4月8日-16日)は家から出なかった人たちが多かった(ニューヨーク市ブルックリンで、筆者撮影)
    例年のユダヤ教「過越しの祭り」の前に、この時期に食べてはいけないイースト入りのパンを超正統派ユダヤ教徒が燃やす。しかし、今年(4月8日-16日)は家から出なかった人たちが多かった(ニューヨーク市ブルックリンで、筆者撮影)
  • 例年のユダヤ教「過越しの祭り」の前に、この時期に食べてはいけないイースト入りのパンを超正統派ユダヤ教徒が燃やす。しかし、今年(4月8日-16日)は家から出なかった人たちが多かった(ニューヨーク市ブルックリンで、筆者撮影)

人影が消えた、はずだった

   ウイルス感染拡大を抑えるために、米国では相手との距離を6フィート(約1. 8メートル)取るべきだとされている。ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は2020年4月6日、それに違反した場合、罰金をそれまでの500ドルから1000ドル(約11万円)に引き上げると発表した。

   さらに4月17日より、感染拡大を抑えるために、州民にマスク着用を義務づけた。公共の場所で相手の人と6フィートの距離を確保できない場合に、マスクやバンダナなどで口や鼻を覆わなければならない。

   ニューヨーク州では、コロナウイルスの感染による入院者数と1日当たりの死者数が落ち着いてきたものの、なお高止まりの状況が続いている。

   ニューヨーク市では3月中旬に、劇場、映画館、美術館、コンサートホールなどの文化娯楽施設やあらゆる観光名所が閉鎖。テイクアウトとデリバリーを除いてレストランも閉まった。

   そして3月22日夜8時から、ニューヨーク州では不要不急の外出が禁止された。食料品店やドラッグストア、公共交通機関、病院、警察、運送配達など、社会に不可欠なエッセンシャルワークの従事者以外は、在宅待機となった。

   眠らない街ニューヨークから、人影が消えた。いや、そのはずだった。

仕事に出ざるを得ないマイノリティ

   ところが、早朝の地下鉄のホームや車内は今も、エッセンシャルワーカーなど、仕事をせざるを得ない人たちであふれている。マスクをしていない人も目立つ。

   ニューヨーク市では、感染で死亡する人の割合がヒスパニック層や黒人層で高い。州知事は、「こうしたマイノリティのなかには、社会に不可欠な仕事に出ざるを得ない人も多い」としている。

   街の公園では感染拡大後も、若者たちが集まってバスケットボールをする姿が見られた。セントラルパークでは、十分な距離を取らずにジョギングする人たちがいる。マスクをせずに、グループでおしゃべりしながら、歩く人たちもいる。

   そして、ニューヨーク市のブルックリン区やクイーンズ区の一角には、超正統派ユダヤ教徒たちが固まって住む。宗教的行事など大勢が集まる機会がふだんからよくあり、結婚式や葬儀も参列者が多い。

   こうした地域では感染が急速に拡大してからも、ラビ(ユダヤ教の聖職者)の葬儀などに百人単位で信者が集まることがあった。群がって歩く教徒たちを追い払うために、パトカーが駆け付け、激しくサイレンを鳴らし続けた。

   イスラエルでも、超正統派ユダヤ教徒の間で感染が広がり深刻化しているが、ニューヨークでも似たような状況が起きている。彼らが多く住むニューヨーク市内のボローパークは、ブルックリンで最も感染率が高い地域だ。

   前出の友人は、「娘の上司の他に、知り合いの何人もが感染し、重篤な人も多い。葬儀の知らせが次から次に届くの」と、私に「オンライン葬儀」を知らせる画像をいくつか送ってくれた。

   ただ、聖職者らの呼びかけや多くの犠牲者が出た恐怖心から、今では「こうした動きは沈静化しつつある」と彼女は言う。

   クオモ州知事は、州民に対して警告を鳴らし続けてきた。

"Now is not the time to be playing frisbee with your friends in the park. It's just not. Now is not the time to go to a funeral with 200 people."
「今は公園で友だちとフリスビーをする時ではない。とにかくそういう時ではないんだ。200人参列の葬儀に行く時ではない」

   ブルックリンの川沿いの公園では、隣同士ですわっていた男女が同居する夫婦だと知ったあとでも、声をかけた警官が「離れないなら罰金だ」と譲らないケースもあった。

大統領vsNY州知事

   トランプ大統領は4月16日、「新型コロナウイルスの感染はピークを超えた」とし、感染拡大によって制限されている経済活動を、州ごとに段階的に再開させる指針を発表した。経済活動を再開させるか、どの段階まで再開を認めるかは、各州知事の判断に委ねるとしている。

   これに対して、慎重な意見も多い。

   とくに状況が深刻なニューヨーク州では、クオモ知事がトランプ氏の発表に先がけて、4月29日までとしていた市民の外出制限を、来月15日まで延長すると明らかにした。

   4月13日の記者会見で、経済活動の再開を急ぐトランプ大統領が「自分に完全な権限がある」と主張したのに対し、クオモ知事は「憲法によって多くの権限が州に与えられている」とし、次のように反論した。

"We don't have a king in this country. We didn't want a king. So we have a Constitution and we elect a president.
" 「この国にキングはいない。キングはほしくなかった。だから(王政を避けるために)憲法があり、我々が大統領を選ぶ」

   ミネソタ州に住む知人は、「毎日のように行われるトランプの記者会見が、支えになっている人は多いと思う」と話す。

   その一方で、カリフォルニア州に住む知人は、「私が信頼している情報は、トランプじゃなくて州知事。指示を守り続けて1か月間、一歩も外に出ていない」と言う。

   ニューヨークをはじめ全米で、不安を抱えながらも多くの人は、今日もまた指示を守って家にこもり、コロナ危機が1日も早く収束するのをじっと待っている。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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