2024年 4月 20日 (土)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
彼女がタンスに忍ばせた「警官支持」の旗

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「All lives matter.』とは言えない理由

   スージーの亡き夫も、「自分の手で人命を守りたい」という高い志で警官になった。

   彼女は最近よく、夫のことを思い出す。ソファで隣にすわって一緒に、相次ぐ事件のおぞましい動画を見ていたら、夫は何を思うだろうか、と。

「きっと、かなり動揺するに違いないわ」

   スージーは、ソーシャルメディアで警官を支持するいくつかのグループに参加しているという。そして、中央に細く青い横線の入った白黒の米国旗(Thin Blue Line Flag)を持っている。これは警察などの法執行機関の職員への支持を表す旗で、殉職した警官への追悼の意もある。

「あの旗を家の前に掲げたいと思うけれど、勇気がないの。心ない人に卵をぶつけられたり、非難されたりするかと思うと。
   若い黒人男性が次々に警官に殺されている現実が人目にさらされ、『Black lives matter.(黒人の命を軽んじるな)』と盛んに叫ばれる今、『All lives matter.(すべての命を軽んじるな)』とは言えない。
   それは、例えばあなたが私に『夫が急死したの』と言った時に、「大丈夫よ。すぐに立ち直るわ。私だって夫を亡くしたのよ』と言っているようなもの。自分の痛みを語ることで、相手の痛みをはねつけてしまう。それはしてはいけないことだと思う。
   すべての命に価値があることは、誰もがわかっている。だから、今は『Black lives matter.』以外のことは言わずに、黙っている時なのでしょう」

   スージーは青い横線入りの国旗を、そっとタンスの引き出しに忍ばせている。

   トランプ大統領は9月1日、混乱が続くケノーシャを視察の目的で訪れる予定だ。クリスチャンのスージーは、「トランプ氏の訪問が緊張を高め、事態を悪化させることがないように」と祈っている。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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