2021年 12月 6日 (月)

「殺したがるばかどもと戦ってください」 瀬戸内寂聴さん、ユーモアの裏で貫いた信念

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   2021年11月9日に亡くなった瀬戸内寂聴さんの大きな特徴は、世間から指弾されているような人にも目配りを続けたことだった。

   戦前の無政府主義者に光を当てた『美は乱調にあり』などの作品群だけでなく、実生活でも、早くからそうした姿勢を貫いた。一方で幅広い交友でも知られ、各種メディアを通じた大衆的な人気では、作家の中で群を抜いていた。信念とユーモア、あけっぴろげな人間味が同居した稀有な人だった。

  • 瀬戸内寂聴さん(写真:Natsuki Sakai/アフロ)
    瀬戸内寂聴さん(写真:Natsuki Sakai/アフロ)
  • 瀬戸内寂聴さんのインスタグラムより
    瀬戸内寂聴さんのインスタグラムより
  • 瀬戸内寂聴さん(写真:Natsuki Sakai/アフロ)
  • 瀬戸内寂聴さんのインスタグラムより

「恐怖の裁判」を告発

   作家生活の初期に力を入れたのは、「徳島ラジオ商殺し」の犯人とされた富士茂子さんの救援活動だった。53年、徳島市でラジオ商の男性が殺され、内妻の富士さんが逮捕される。無実を訴えたが、有罪になり服役、再審請求中に死去した。

   検察側証人が偽証を告白し、真犯人を名乗る人物が自首したにもかかわらず、判決が覆らない異例の事件だった。

   瀬戸内さんは60年、「婦人公論」2月号に「恐怖の裁判」という題で事件を詳しく書いた。5年後には同誌に「富士茂子の獄中の手紙」を発表する。地元出身の有名作家が、捜査のズサンさを告発し続けたことで、事件への関心は高まった。富士さんの遺族が再審を請求し、85年、ついに無罪判決。死後再審の初のケースとなった。

   連合赤軍事件の永田洋子死刑囚とも往復書簡『愛と命の淵に』という共著を出版している。あるとき永田死刑囚から、瀬戸内さんの著書への感想文が届き、文通が始まった。何度か面会し、裁判では証言台にも立った。永田死刑囚が2011年に病死後、「婦人公論」で、「出家者として、誰もが非難するあなたを放っておけなかった」との思いを公表している。

   連続射殺魔の永山則夫元死刑囚(1997年死刑執行)ともやりとりを続けていた。大麻などで何度も事件を起こした俳優の萩原健一さんとも親身につき合い、共著で『不良のススメ』を出している。STAP細胞の小保方晴子さんとも雑誌で対談している。

   冤罪事件に深く関わったこともあり、死刑には強く反対する立場。日本弁護士連合会(日弁連)が2016年10月6日、福井市内で開いた死刑廃止に関するシンポジウムに、「殺したがるばかどもと戦ってください」というビデオメッセージを寄せ、物議をかもしたこともあった。

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