「本当に強くなる為のお手本のような選手でした」
関係者からも、悲痛の声が上がっている。
同日の試合に出場していた鷲田幸司選手は、「伏見俊昭という偉大な選手を忘れずに これからも競輪を良くする為に 自分は自分なりに努力したいと思います」とし、事故当時の様子を明かした。
「今回のS級決勝のレース中の落車事故により 3名の選手が転倒しました」といい「参加選手は20名ほど残っていましたが全員が祈る気持ちで戻るのを待っていました」。
「5分ほどして伏見さんがストレッチャーに乗せられて検車場に戻ってきましたがその時にもうただ事ではないとわかりました」という。初めてのことに眠れぬ夜を過ごしたが、午前11時ごろに訃報を受けたという。
伏見選手について、「伏見さんは自分が学生の頃から憧れの存在で 自分はシューズカバーも伏見さんの真似をしてスカイブルーのシューズカバーを作ったり スポーツ用品店で伏見さんと同じグローブを買ってそれでプロ試験を受けて合格しました」とつづり、「本当に強くなる為のお手本のような選手でした」とした。
いわき市長の内田広之氏は、「本県出身の競輪選手、伏見俊昭さん(50)[白河実業高の出身、アテネ五輪銀メダリスト]が昨日19日、落車事故で死去されたとの訃報。とても悲しく思います」とし、「明日から献花台を、いわき平競輪場に設けさせて頂きます」と報告した。
「伏見選手は、いわき平競輪場でも、近年では、令和3年の日本選手権競輪、令和4年のオールスター競輪でも力走され、熱いレースで多くの競輪ファンを魅了して下さいました」としている。