「津久井やまゆり園」事件から10年 乙武洋匡さんがつづった思い「俺、生まれてなかったかもしれない」

   作家の乙武洋匡さんが2026年7月26日、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件から10年の節目を迎えての思いをXにつづった。

  • 乙武洋匡さん(2016年撮影)
    乙武洋匡さん(2016年撮影)
  • 乙武洋匡さんのX(@h_ototake)より。「障害者が活きる価値」について説いた
    乙武洋匡さんのX(@h_ototake)より。「障害者が活きる価値」について説いた
  • 乙武洋匡さん(2016年撮影)
  • 乙武洋匡さんのX(@h_ototake)より。「障害者が活きる価値」について説いた

「あなたは、生きる価値がある人間ですか?」

   乙武さんは「10年という月日が経っても、この事件の背景にあるさまざまな社会の課題や人々の感情をうまく消化することができていません。正直に言えば、一生をかけても消化できる気がしていません」と本音を吐露した。

「『障害者は生きる価値がない』植松聖は、そう考えていました。そんな植松聖に、生きる価値はあるのか」

   疑問をつづった乙武さんは、「そもそも『この人には生きる価値がある』『この人には生きる価値がない』などと、誰に決める権利があるのでしょうか」と問いかけた。

   「そう問われれば、誰もが『そんな権利など誰にもない』『すべての人には生きる価値がある』と答えるでしょう」とした上で、「でも、それは本心でしょうか」と疑問も。

   「『これ以上、障害者が生まれてこないようにする必要がある』社会のために良かれと思ってのこととは言え、最近ではSNS上で何の臆面もなくこうした発言をする方が増えてきました」と昨今の社会の変化に触れた。

   「どうやら、私たちには『この人は生きる価値がある』『この人は生きる価値がない』と決める権限を持っているようです」とし、「あなたは、生きる価値がある人間ですか?」と問いかけた。

「ねえ、四肢がないと知ってても生んでた?」

   続く投稿では、先天性四肢欠損症という障害を持って生まれてきた乙武さん自身についても振り返っている。

「ちなみにね、私が生まれた50年前には、まだエコーの技術がそこまで発展・普及していなかったんだって。だから、両親は私が生まれてくるまで、『四肢がない』なんて知らなかった」

   乙武さんは「大人になってから、母に『ねえ、四肢がないと知ってても生んでた?』と聞いたら、苦笑いで『うーん......どうかなあ』だって笑」と告白。

   「俺、生まれてなかったかもしれないんだよね。生きる価値が、なかったかもしれなかった」とつづり、「だから、判断できないと思うんだよね。『生きる価値』なんて。誰にも」としている。

   乙武さんの投稿には、「否定も肯定もできない、とても難しい問題だと思う」「過激な考えに共感してしまう人がいるということに目を向けなければいけないのかな」など、考えさせられたとの声が寄せられている。

「やっぱり、悔しかったのだ。障害者の命を、軽んじられたことが」

   乙武さんは、20年3月に事件を起こした植松聖死刑囚に死刑判決が下された際にも、複雑な思いを吐露している。事件発生から10年を迎え、Xでも当時のnoteを再掲していた。

   乙武さんは「人間の命に、国家という装置が『YES』『NO』を突きつけていいのか」との疑問から死刑「懐疑派」の立場をとっていたが、植松死刑囚の死刑判決には安堵を覚えたという。

   「植松は、意思疎通のできない障害者を『心失者』と呼んだ。『生きる価値がない者』と判断した。『障害者は死ぬべきだ』と考えた」とした一方で、自身についても「私はと言えば、そうした思想のもとに大量殺人を犯した植松を憎み、『あいつは死ぬべきだ』と考えた(正確に言えば、明確に『あいつは死ぬべきだ』と思ったわけではないが、彼への死刑判決を聞いて安堵したのだから、どこかで『あいつは死ぬべきだ』と思っていたのだと言わざるを得ない)」と説明。

   「私と彼の間に、なんの違いがあるというのだろう」と複雑な思いを明かし、「やっぱり、悔しかったのだ。障害者の命を、軽んじられたことが」とつづっていた。

姉妹サイト