2026年の夏、福岡県議会が揺れている。「県議会のドン」と呼ばれる蔵内勇夫議長をめぐり、金銭授受の告発、音声の声紋鑑定、身内企業への利益誘導疑惑、そして出張先での「ネパールは天国だった」という発言まで、疑惑と波紋が次々に噴き出している。麻生太郎元首相ら地元の大物とも通じた世界獣医師会長そもそも蔵内議長とは何者なのか。職業は獣医師だった。衆議院議員を6期、参議院議員を1期務めた藏内修治氏の姪と結婚、修治氏の秘書に転じる。1987年に県議に初当選し現在10期目。通常は2年の任期である自民党県議団会長を約12年務め、2003年の県議団の分裂を会長として収拾。県政界のキーマンとしての地位を固める。2001~2002年に続き、2025年から2度目の県議会議長の座にある。その影響力は県議会の枠にとどまらない。日本獣医師会長を長く担い、2026年には日本人で初めて世界獣医師会長にも就いた。加計学園問題の際には、獣医学部の新設に反対する獣医師会を率い、新設を「1校限り」に絞り込ませた政界工作が取り沙汰された。また、地方議員でありながら、中央政界とのパイプも強い。福岡県を地元とする故・田中六助元官房長官とのつながりも強く、古賀誠元幹事長、麻生太郎元首相といった大物と時に対立、時に連携して、地元の影響を競い合ってきた存在だ。また、息子の謙氏は林芳正総務相の秘書を務めたのち、衆議院議員選挙にも立候補している(落選)。その歩みは、まさに「地方のドン」の典型でもある。地元を束ね、中央政界へ通じる「地方のドン」は各地にいる「地方のドン」はなにも福岡の専売特許ではない。かつて東京都議会で小池百合子知事と対立した故・内田茂氏は、自民党東京都連の幹事長として都政と国政を結び、「都議会のドン」と呼ばれた。茨城県議を55年務めた故・山口武平氏は、国政の有力者も無視できないほどの影響を持った「県政界のドン」、14期目・86歳の今も現役岐阜県議の猫田孝氏は「岐阜政界のドン」と報じられた。田中角栄元首相の後援会「越山会」の県議団長だった新潟の星野伊佐夫氏(引退)、林芳正氏の国政選挙をめぐる地元政治のキーマンとされる山口の柳居俊学氏も「ドン」と呼ばれている。このように、地方のドンとは、議会人事、予算、公共事業、候補者選びといった地元の議会を束ね、中央政界へ通じる太いパイプを併せ持つ者の異名でもある。こうした「地方のドン」が登場するのは、どういう理由なのだろうか。「地方のドン」は競争と監視を欠いた仕組みが生み出すまずあげられるのは、競争の不在だ。地方議員は、とくに近年はなり手不足も響き、多選と無投票当選が珍しくない。蔵内議長も10期のうち、その多くが無投票での当選だ。総務省の集計によれば、2023年の統一地方選の道府県議選では、無投票で当選した議員が565人にのぼり、改選定数の25.0%を占めた。選挙という入れ替えの装置が働かなければ、権力は特定の人物に集中するのは当然だ。新陳代謝が止まった議会は、ドンにとって居心地のよい住処となる。加えて、地方議会にありがちな二元代表制の空洞化もドンを育てやすい。首長と議会は本来お互いを牽制し合うものだが、現実の地方政治では、オール与党化する協調型の構図が広く見られる。議会が執行部の追認機関と化せば、予算や人事、公共事業の差配に食い込む与党会派の実力者が、実質的な決定権を握ることになる。首長の側も、その意向を無視できなくなる。加えて、地方議会の報道は手薄で、議員に支給される政務活動費の使途も見えにくいことによる、監視の空白があげられる。全国市民オンブズマン連絡会議の評価では、都道府県・政令市などの情報公開のマニュアルは100点満点で平均20点にとどまるとされ、ガラス張りには程遠い。競争がなく、監視が届かず、配分の権限が一点に集まり、しかも中央と地元の双方に足場を持つ――ドンは、こうした空気の中で育つ。ドンは、1人の政治家の資質ではなく、競争と監視を欠いた仕組みが生み出す。そして今回、福岡県で起こっているのは、「地方のドン」による膠着化した権力構造が呼んだ疑惑である。そして、こうした「地方のドン」を育む環境が、福岡県に限ったことではないからこそ、一連の疑惑の真相を明らかにするべきだろう。
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