プロ野球史上前人未踏の3085安打を記録した張本勲さんが86歳で亡くなった。2026年9月11日放送の「モーニングショー」(テレビ朝日系)に出演した長嶋一茂さんは、張本さんの秘話を交えながら功績をしのんだ。
ハンディを背負いながら猛練習で「安打製造機」に
番組は、張本さんの軌跡を振り返る。広島市出身、1957年に当時の東映フライヤーズ(現日本ハム)に入団、3年目に首位打者を獲得。道のりは順風満帆ではなく小さいころに事故で右手の薬指と小指の3分の2を失った。ハンディを背負いながら猛練習で「安打製造機」の異名をとるほど球界を代表する強打者になった。
1975年に巨人に入団。一茂さんの父親、長嶋茂雄さんが監督2年目の時だった。長嶋茂雄さんが抜けた後、王貞治さんとともにリーグ優勝に貢献。引退後は日曜朝の報道番組で野球解説者として出演、「喝」「あっぱれ」のコメントでお茶の間の人気者になった。
6歳上の姉が被爆、「全身焼けただれて」
番組は、2010年「報道ステーション」の番組で、一茂さんが張本さんにインタビューした映像を流す。張本さんが5歳で被爆したこともこの時に初めて知ったことを一茂さんは語る。さらに張本さんだけでなく、張本さんの6歳上の姉が被爆、「全身焼けただれて『これが私の姉か?』と思ったくらい」と番組の中で語っていた。
一茂さんは「(TBSの)サンデーモーニングで一時期、日本人選手が行くメジャーリーグのことをよく言っていない時期があって」と話すと、MCの羽鳥慎一さんは「日本のプロ野球の発展が第一という思いがあってそういうことを言った?」と話す。
一茂さんは「そういう思いも正しいと思うが、僕は、最愛のお姉さんをアメリカ(の原爆)によって亡くした。アメリカが大嫌いだった。アメリカが大嫌いだから、そこで稼ぐ日本人ってどうなの?というのは側面として持っていたと思う」と話した。
(ジャーナリスト 佐藤太郎)