北朝鮮でスマートフォンや電子決済が急速に普及し、デジタル経済が拡大している。北朝鮮の分析サイト「38ノース」を運営する米シンクタンク「スティムソン・センター」の上級研究員、マーティン・ウィリアムズ氏が2026年9月10日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で記者会見し、その実態を解説した。
ウィリアムズ氏は、北朝鮮で使われているスマホを約700万台と推計。国内には26もの端末ブランドがあり、少なくとも5種類の電子マネーが競い合っているという。ただし、こうしたハイテク化は改革・開放に向けた動きではなく、経済活動の把握や監視など、国家による統制を強める側面が大きいと指摘した。
衛星画像で基地局を特定、通信網の広がりを推定
北朝鮮経済は、コロナ禍後の3~4年で大きく変化したという。平壌では高層住宅が並ぶ新市街地の建設が相次ぎ、金正恩朝鮮労働党総書記が掲げる「地方発展20×10政策」に基づき、毎年20地域に工場や病院を整備する事業も進む。自家用車の個人所有も認められ、市民がお金を使う機会が増えている。
背景には、ロシアによるウクライナ侵攻に兵士や弾薬を提供して得た資金に加え、暗号資産を狙ったサイバー攻撃や、身元を偽って海外企業の仕事を請け負うIT技術者、主に中国との貿易による外貨収入があるとみられる。
こうした中で目立つのがスマホの普及だ。北朝鮮には信頼できる統計がないため正確な台数は分からないが、ウィリアムズ氏は、過去の加入者数の伸びや通信網の広がりなどから、人口約2500万人に対して約700万台と推計している。実際には600万~800万台程度の幅があり得るとしている。
ウィリアムズ氏らは、衛星画像で携帯電話の基地局を特定し、通信網の広がりを調べてきた。確認できた基地局は平壌や地方の主要都市だけでなく、農村部にも及ぶ。実際のネットワークは、衛星画像で確認できた範囲よりもさらに大きいとみている。
スマホで自由拡大どころか「以前より監視される可能性」
端末の価格は、おおむね200~600ドル程度。ほぼすべてが中国製で、北朝鮮の貿易会社が中国の工場で独自ブランドのロゴを刻印し、北朝鮮国内で専用ソフトを組み込んで販売する。ウィリアムズ氏が確認したブランドは26にのぼる。
国内で開発されたスマホアプリは1500本を超え、50以上の組織が提供している。電子マネーも少なくとも5種類あり、銀行やIT企業が競争している。鉄道やバスの乗車券、高速道路料金、商品の購入などに使える決済アプリもある。
北朝鮮ウォンだけでなく、米ドル、ユーロ、人民元に対応したアプリもある。利用者が銀行やITセンターに50ドル札を持ち込むと、アプリに50ドル分がチャージされる。この仕組みには、国民の自宅などに眠る外貨を国家が吸収し、海外からの物資購入などに使えるようにする狙いがあるとウィリアムズ氏はみる。
だが、スマホの普及と、北朝鮮が改革・開放に向かっていることとは別問題だ。北朝鮮のスマホはインターネットに接続できず、国際電話の発着信もできない。政府の電子署名が付いていないアプリや動画は開けない仕組みになっている。
携帯電話が圏外から通信網に再接続した際には、端末の識別情報と位置情報を記したショートメッセージが、利用者に見えない形で自動送信される機能も確認されたという。ウィリアムズ氏は
「政府は国内経済の改善に技術を使うが、社会生活の自由は与えていない。スマホを持ち歩くことで、以前より監視が強まる可能性さえある」
と説明。「社会統制はいささかも緩んでいない」として、
「改革・開放ではなく国家の目的に特化した技術利用だ」
と強調した。
公認エンタメコンテンツ増やして韓国ドラマを遠ざける
国が認めた娯楽コンテンツも急増している。国内製アプリ約1500本のうち、半数ほどがゲームや娯楽関連だ。国営テレビや過去の番組をスマホで見る動画配信サービスもある。
テレビも多チャンネル化が進む。国営の動画配信サービス「マンバン」は約20チャンネルを提供し、24時間放送をうたう。教育、スポーツのほか、週末に流れる万寿台(マンスデ)テレビでは、ロシア映画やインドのドラマ、ディズニー・ピクサーのアニメ映画「レミーのおいしいレストラン」なども放送されるという。
北朝鮮には韓国ドラマや米国映画などが密輸されてきたが、所持や視聴には重い処罰を受ける危険がある。スマホでは、政府の電子署名がない動画を再生できないため、韓国ドラマなどを見ることは一層難しくなった。
ウィリアムズ氏は、外国作品の視聴を禁止するだけではなく、ゲームやサッカー中継など、安全に楽しめる国営コンテンツを増やすことで、密輸作品への関心を減らす狙いがあると分析する。
電力の安定供給とデータセンターの整備が課題
ハイテク化をさらに進める上で、大きな壁になるのが電力だ。ウィリアムズ氏によると、現在の平壌は、国営メディアだけでなく観光客の映像でも、夜間に広い範囲が照明で明るく照らされている。「ここ数年、観光客は停電に言及しない」とも述べた。
一方、農村部では電力供給が極めて不安定で、中国国境から見える村では、屋根に設置した小型の太陽光パネルで車用バッテリーを充電し、夜に数個の照明をつける程度の地域がある。
ウィリアムズ氏が話を聞いた脱北者の中には、都市部で1日数時間電気を使えた人がいる一方、国家から電気が供給されたのは年に1度、元日だけだったと話す農村出身者もいたという。
もう一つの課題がデータセンターだ。現時点で北朝鮮には、本格的なデータセンターがほとんどない。スマホや電子決済がさらに普及し、大量の情報を処理するようになれば、大規模な計算設備に加えて、データセンターを24時間安定して動かす電力が必要になる。ウィリアムズ氏は、こういった状況も注視すべきだとした。
(J-CASTニュース編集委員 兼 副編集長 工藤博司)