前衆院議員の米山隆一氏が2026年11月2日、Xを更新し、リベラルと国家の関係について持論を述べた。「リベラルは全然国家を否定していません」とし、個人の自由は、国家が自由を保障する枠組みを維持することで成り立つとの考えを示した。
「国家が自由の枠組みを良く運用・維持してこそ成立」
米山氏は、
「リベラルは全然国家を否定していません」
と書き出した。その上で、
「自由な個人と言うのは寧ろ、国家が自由の枠組みを良く運用・維持してこそ成立します」
と主張した。
つまり、個人の自由と国家を対立するものとして捉えるのではなく、自由を保障する制度やルールを国家が機能させることが前提になる、との考えを示した。
「ハンドやペナルティやり放題の泥仕合になる」
米山氏は、この関係をサッカーに例え、
「それは、ジャッジが機能してこそ自由でクリエィティブなサッカーの試合が展開され、ジャッジが機能しなくなったらハンドやペナルティやり放題の泥仕合になるのと似ています」
と説明した。
ルールが適切に運用されているからこそ、選手が自由にプレーできるのと同様に、社会でも国家が法や制度を機能させることが個人の自由の土台になる、との趣旨とみられる。
今回の投稿では、特定の政策や政党を名指しして批判することはせず、リベラルという政治思想と国家の役割について、自身の考えを簡潔に説明している。