「大和特攻」とは何だったのか 奇跡の生存者が吐露する「その時」

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哀切を込めた日本人の「大和鎮魂歌」
哀切を込めた日本人の「大和鎮魂歌」

   浴室は臨時の死体収容所となった。左舷の甲板には、胴体からちぎれとんだ手足が散乱し、脚がとびちり、首のない胴体がよこたわり、あちこちに若者たちの頭部がころがっている――。ほとんどの日本人は「戦艦大和」の名を知っている。が、特別攻撃艦隊として沖縄を目指し、壮絶な最期と遂げた「究極の戦艦」の生涯についてどれくらい深く認識しているだろうか。

   1945年(昭和20年)4月7日朝、3332人の乗組員を乗せた「大和」が山口・三田尻沖から沖縄に向けて出発した。沖縄特攻に出撃したのは、戦艦大和をはじめ軽巡洋艦「矢矧」、そして8隻の駆逐艦で、大和を合わせた将兵は総勢6000人に及ぶ。これは戦時中に亡くなったすべての特攻隊員の数に等しいという。

大和は敵軍の攻撃を3波、4波と受け、最後は悶絶しながら海中に沈み、大爆発した。沈没直後は約1000人の乗組員が生存していたが、大和の海中爆発でその金属片などが彼らを襲い、多くが命を落とす。結局、大和特攻で出撃した10隻のうち、残存艦は「雪風」「冬月」「涼月」「初霜」の駆逐艦4隻で、3700人あまりが死亡。大和に限れば、3063人が尊い命を失った。

   このとき、「雪風」に奇跡的に救助され、貴重な生存者となった戦艦大和の高角砲員・坪井平次氏の証言を、人気戦記作家・久山忍氏が克明に記した新刊本『戦艦大和 最後の証言』 が2010年7月17日、産経新聞出版から発売された。冒頭は、同書から抜粋した描写で、坪井氏はまさにその場にいた。

   沈没から65年。マリアナ沖、レイテ沖海戦、そして最後の沖縄特攻出撃へと赴いた生き残り兵が語る過酷な体験の数々に改めて衝撃を受けるとともに、戦争というものへの慨嘆が胸を衝く。

   単行本、299ページ。定価1890円。

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