パラリンピック金メダリスト大日方邦子 アルペンスキー代表から引退

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松井貞彦・バンクーバーパラリンピックアルペンスキー日本代表監督、大日方邦子選手、菊池彰夫・電通PR常務(左から)が記者会見に出席した
松井貞彦・バンクーバーパラリンピックアルペンスキー日本代表監督、大日方邦子選手、菊池彰夫・電通PR常務(左から)が記者会見に出席した

   パラリンピックアスリートの大日方邦子選手(38=電通PR)が2010年9月2日、都内で記者会見を開き、日本障害者スキー連盟のアルペンスキー・ナショナルチームからの引退を報告した。今後は、国内大会に限り参加するが、後輩の指導を行うとともに自身の経験を生かしたスポーツ文化の発展に貢献していきたいという。

「私、大日方邦子は、2014年ソチ・パラリンピックを目指してまもなく編成されますアルペンスキー・ナショナルチームには加わらないことを決意いたしました」

   ナショナルチーム引退について本人は、若手の女子選手が国内で育っていないことを挙げ、後輩に道を譲り、育成に関わっていきたいと意欲を語った。また、バンクーバー大会での競技中、右肩を脱臼したケガの後遺症があると告白。日常生活に不便はないが、アスリートとして最前線で戦うには難しいと判断した。

   今後は、大日方選手が所属する電通PRに自ら提案し、新たに立ち上げることになったスポーツビジネス・ソーシャルビジネスのプロジェクト(SSB)にも関わっていく。障害者スポーツやスポーツビジネスの振興、ユニバーサルデザインに関するコンサルティングなどを手がけていくとのことで、記者会見に同席した所属先である電通PRの菊池彰夫・常務取締役は「大日方を中核におくプロジェクトとして、さまざまな専門家の方々との連携を持って強く進めていきたい」と話した。

   大日方選手は1998年の長野大会で日本人として初めて冬季大会の金メダリストとなり、10年のバンクーバー大会までに10個のメダルを獲得。障害者スキーの第一人者として競技を続けるかたわら、日本パラリンピック委員会運営委員、日本パラリンピアンズ協会の副会長として、障害者スポーツを含むスポーツ振興につとめてきた。

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