福島原発はカフカの「城」と化した 文学で読み解く「3・11」

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   東日本大震災からまもなく一年になるが、新しい切り口の震災本が出た。ジャーナリストの外岡秀俊さんによる「震災と原発 国家の過ち」(朝日新聞出版、780円)だ。サブタイトルが変わっている。「文学で読み解く『3・11』」――カミュやカフカ、井伏鱒二などの名著を読み直し、今回の震災の深層に潜む「不条理」を問い直そうとしている。

避難者を「怒りの葡萄」にするな

「震災と原発 国家の過ち」
「震災と原発 国家の過ち」

   カフカの「城」は、どうしても「城」にたどり着けない測量士Kの物語だ。「城」は霧の中に見え隠れしているのだが、そこへの道は「城」に近づいたかと思うと、曲がりくねる。「城」に問い合わせても事態がよくわからない。

   被災地でこの物語を読めば、福島第一原発こそがまさに現代の「城」だと著者は言う。厳しい検問。「警戒区域」や「緊急時避難準備区域」。現地の人にとってはもちろん、首都圏に住む人にとっても、テレビカメラの彼方に見え隠れする「福島第一原発」は、たしかにカフカの「城」のようなものかもしれない。

   スタインベックの「怒りの葡萄」は1930年代の実話をもとにしている。数年来の凶作で米国・オクラホマなどの土地を奪われた農民が、「新天地」カリフォルニアをめざす。しかし、その新天地でもまた裏切られる……。一家が「故郷」を追われ流浪するこの物語は、今回の震災ともシンクロする。避難指示で故郷を追われた人は、震災から8か月すぎても福島だけで15万人にのぼっていた。われわれは「怒りの葡萄」を繰り返してはならないと外岡氏は訴える。

   このほかエドガール・モランの「オルレアンのうわさ」、島尾敏雄「出発は遂に訪れず」、宮沢賢治「雨ニモマケズ」などを参照しながら今回の大震災と原発事故を読み解いていく。

被災地を「見た」人間の責任とは

   外岡氏は震災の後、いったん被災地を取材したが、今起きていることを自分で定義できず、しばらく呆然とした日々を過ごしていた。そんなとき、作家の辺見庸氏がテレビの番組で、今回の震災に関連してカミュの「ペスト」について話しているということを聞いた。その瞬間、たしかに今この国で起きていることは「ペスト」の世界であり、そこでどう生きるかが1人ひとりに問われている。そんな思いに突き動かされ、かつて読んだ名作のいくつかを再読した。

「読み直すと、それらの作品は、過去ではなく今を考える、内省の羅針盤のような力をもっていた」

   そして改めて被災地に足を運び、こう記す。

「見てしまった者は、見たことの重さを引き受け、その後も見届ける責任を負う。それが、何の力にもならないのを覚悟のうえで」

   外岡氏は朝日新聞の米国や英国の特派員を経て編集局長も務め、2011年に退社して現在はフリーのジャーナリスト。学生時代に、石川啄木をテーマにした小説「北帰行」で文芸賞を受賞している。そんな元文学青年だからこそ書けた一冊かもしれない。

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