日本初、1907年の「美人写真コンクール」1~12位を掲載

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   明治40年(1907年)、日本初の「美人写真コンクール」が行われた。米紙シカゴ・トリビューン社が、日本の時事新報社に「世界一の美人選抜」への参加依頼をしたことがきっかけだった。

全国からの応募は7000枚

『レンズが撮らえた 幕末明治の女たち』
『レンズが撮らえた 幕末明治の女たち』

   主催者の呼びかけによって集まった写真は7000枚に上る。募集条件は、「女優。芸妓。其の他容色を職業の資とする者の写真は採用しない、写真に身長、胸囲、腰囲などの併記」といったものだ。地区予選のあと、彫塑家・高村光雲や洋画家・岡田三郎助、写真学者・大築千里、女形俳優・河合武雄ら、13人の著名人が審査員として名を連ねた二次審査も行われた。

   7000もの写真が集まった背景には「女学生」への注目度が高まっていたことがあげられる。1899年に高等女学校令の施行により、女性たちの教育環境は大きく変わった。女学生向けの雑誌が刊行され始めたのもこの時期だ。応募写真のほとんどは、全国各地の「深窓の令嬢」たちだった。

コンクール1位は末弘ヒロ子

   コンクールで1等になったのは、小倉市長の4女「末弘ヒロ子」だ。2等以下12等まで、さらに、各県代表となった「令嬢」たちの貴重な写真は、山川出版社から2012年3月に発売された新刊本『レンズが撮らえた 幕末明治の女たち』(監修・小沢健志)に掲載されている。写真はそれだけじゃない。新島襄や、大久保利通、伊藤博文、木戸孝允、陸奥宗光、渋沢栄一らの妻や、シーボルト、板垣退助の娘の写真に加え、1860年代から、職業写真家が日本の風俗を紹介するため、行水や入浴などの様子を撮影したものから始まったとされる「日本人女性のヌード写真」も紹介されている。

   美しく、たくましかった「明治女性」の光と影が垣間見られる一冊だ。ちなみに、本書の表紙の女性は陸奥宗光夫人の陸奥亮子。

   単行本、207ページ。定価1670円。

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