2024年 4月 19日 (金)

銀座の人気者、小野佐世男展 「ホラ男爵」の話術と色っぽい女性画の魅力

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   1930年代から戦後にかけて活躍した人気漫画家で洋画家、小野佐世男の展覧会が川崎市の岡本太郎美術館で2012年10月20日から開かれている。色っぽい女性の絵と洒脱な話術、文章で出版界の人気者だったが、1954年48歳のとき、「サンデー毎日」企画でマリリンモンローのインタビューに行く日、日劇ミュージックホールの階段で倒れて急逝、ほとんど忘れられたような存在だった。

   「小野佐世男モガ・オン・パレード」展は油絵、雑誌の表紙、挿絵、スケッチなど450点が展示され、モボ・モガ女性が銀座を闊歩する人物大のアニメーションが会場を飾っている。2013年1月14日まで。

「コチョウが少し大きいから」

「現代ユーモア小説全集ー求婚時代」(1935年)の表紙、小野耕世氏所蔵。
「現代ユーモア小説全集ー求婚時代」(1935年)の表紙、小野耕世氏所蔵。

   佐世男は東京美術学校(現東京芸大)西洋画科卒業の洋画家だが、学生時代から雑誌挿絵の売れっ子だった。佐世男の長男、大衆文化評論家の小野耕世氏は「子どものころ、父に連れられて銀座へ行くと、あちこちから声がかかって、歩けないくらいだった」と当時のモテモテぶりを話している。ホラ男爵といわれるほど、話が面白く、本人は「漫画というものは事実をありのままに描いたのでは少しも面白くない。どうしても誇張がともなう。僕が嘘つきといわれるのは、そのコチョウが少し大きいからである」と書いている。

   耕世氏によると、佐世男は西洋には行ったことがないのに、描く女性は西洋風だった。フランスの画家ロートレックの影響を受けていたのだという。

   岡本太郎との縁は、太郎の父で漫画家の岡本一平にかわいがられたことからで、一平の甥にあたる映画俳優の池辺良は佐世男の絵を多く収蔵していた。池辺良が亡くなった時、耕世氏は遺族から父の作品を全部頂いたと感謝している。一平が岐阜で死去した時には、横山隆一、近藤日出造らと佐世男は駆け付けるが、そこで長男の太郎は「父はあの世行きを凱旋だと言っていたので、岡本一平万歳を三唱してください」といって、佐世男らは万歳したという。

   展覧会には「東京パック」「読物と漫画」「読物クラブ」「月刊子供マンガ」などの表紙絵、映画「誰がために金はある?」「歌う野球小僧」などのポスター、「豊満でエロティックな女性を描いて人気」(池辺良)といわれた挿絵が陳列され、昭和の良き時代を思い起こさせてくれる。

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