2021年 1月 18日 (月)

霞ヶ関官僚が読む本
「安心」と「感情」にどう向き合うか 科学的リスク評価と「行政への信頼」

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   仕事柄、「安心・安全の確保」という用語を使うことがよくある。一口に安心・安全といっても「安全」は危険性の程度の低い現実の状態を指す概念であるのに対し、「安心」は個人の心の持ち方に依存する主観的な概念である。

   このことは、一定の水準を設定して安全を確保することは可能であるが、心の中に手を突っ込むことができない以上、個々人の安心を直接確保することは原理的に困難であることを意味する。しかし、「安全」のみならず「安心」をも希求する社会的風潮が現にある以上、行政官としてこれに対応する道を探らねばならない。

「不安としてのリスク」(安心)と「実態としてのリスク」(安全)のギャップ

『環境リスク学』
『環境リスク学』

   『環境リスク学』(中西準子、日本評論社)は、環境リスク評価の地平を切り開いてきた第一人者がリスク評価の基本的な考え方をコンパクトにまとめた優れた啓蒙書である。著者の個人史の記述も滅法おもしろいのであるが、安心・安全に絡めていえば、本書が出版された当時(2004年)、現在進行形で進んでいたBSE(牛海綿状脳症)に関する論考が特に興味深い。著者は、リスク評価の手法を用いて、検査率を上げることはBSEのリスク低下につながらないことを示し、漠然とした社会不安に漫然と追随する形で、多大なコストを要する政策(全頭検査)を継続することの可否を問いかける。リスク評価には、多くの課題と限界があることを率直に示しつつも、政策決定に際して誰でも参加できる議論の基盤となり得るものであり、「不安としてのリスク」(安心)と「実態としてのリスク」(安全)のギャップを埋める解を探るうえで有効なツールであることを説得力もって示している。

   他方、リスク評価については、「結局は行政方針の追認の道具でしかない」といった批判が常につきまとう。特に、東日本大震災に起因する原子力災害を予防するうえでリスク評価が事実上「無力」であったことがこのような批判に輪をかけている。本書でも、原子力について「もう少し利用されてもいい」という記述がされており、この点を捉え批判をする論者もいる。著者はこれに対し、「過去の自分の不明を恥じ遅ればせながら原子力の問題に真剣に取り組む」として、昨2012年末に『リスクと向き合う』(聞き手・河野博子、中央公論新社)を上梓している。このような学者としての真摯な姿勢には敬意を払いたい。著者のブログの2月12日付の記事を読むと、これまでやってきた「政策選択のためのリスク論」に加えて「生きるためのリスク論」があり、その二つの関係を次の著作で考察したいと書かれている。中西リスク論のさらなる発展を期待したい。

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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