2024年 4月 20日 (土)

霞ヶ関官僚が読む本
問われる日本の危機管理 「最重要」は政治家の統治能力

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   『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(財団法人日本再建イニシアティブ 新潮社)。本書は、福島原発事故民間事故調報告書をまとめたシンクタンクが、日本の国家的危機のリスクシナリオを想定して、危機管理上の課題を分析したものである。

   第1部では、尖閣衝突、国債暴落、首都直下地震、サイバーテロ、パンデミック、エネルギー危機、北朝鮮崩壊、核テロ、人口衰弱の9つの分野について、各分野の専門家が現行法制度や現実の諸情勢に基づいて最悪パターンのシミュレーションを示し、分野ごとに具体的な課題を提起する(9分野の危機の中には、国債暴落及び人口衰弱という緊急・急迫性が比較的小さいものも含まれている。これについて本書は、日本全体を丸ごと蝕む致死的なリスクという意味ではこの2つが最も恐ろしいと指摘している)。

「尖閣衝突」めぐる「最悪のシナリオ」

『日本最悪のシナリオ 9つの死角』
『日本最悪のシナリオ 9つの死角』

   例えば、尖閣衝突の章では、中国の漁船が魚釣島に接岸して武装した漁民風の男たちが上陸し、機動隊と海上保安庁がこれを排除できない状況下で、政府が自衛隊の防衛出動を決断できないでいるうちに、台湾政府が中国寄りの立場に立つという想定である。自衛隊の石垣島への展開は、中国側に「日本軍による中国漁民に対する暴力」として世界中に流され、日本は外交戦に続き情報戦でも後れを取る。政府は国連に訴えようとするが、輪番で中国が議長を務める安保理では棚上げされ、緊急総会も中国の根回しで招集できないという最悪のシナリオが提示されている。そして課題として、中国側の上陸行動を防ぐ日本側の迅速な初期行動を可能にするシステムの検討などが提起されている。

   第2部では、シナリオで明らかになった問題点を法制度、官民協調、対外戦略、官邸、コミュニケーションという5つの角度から論じている。例えば、官邸に関しては、省庁横断型戦略機能と情報収集・分析機能強化のため、日本版NSC設置、保秘法制整備等が提言されている。

「危機管理ガバナンスの再構築は政治の仕事」

   本書のあまりに濃い内容を限られた字数で紹介する任に堪えるものではないが、本書には一気に読了せずにはいられないものがあるということは申し上げたい。それは、我々が日々深刻にあるいは漠然と感じていること、つまり国家的リスクに対して我が国があまりに脆いということを正面から論じているからであり、かつその想定や分析がリアリティと説得力に富むからであろう。

   本書は、巻末の「おわりに」で、最悪のシナリオを起こさないための制度設計責任を政治に求め、特に危機管理ガバナンスの再構築は政治の仕事であると説いている。そして、ダボス会議の国際レジリエンス評価報告書を引いて、危機にあってもっとも重要な要素はリーダーシップ、つまりは政治家の統治能力であるとし、そして同報告書では日本の政治家の統治能力の評価が低いことを指摘する。さらに国民にも、「胸に手を当てて省察」すべきとして「危機に強いフォロアーシップ」を求めている。正鵠を射た勇気ある見解だと思う。

   第1部のパンデミックの章に、医師が医師のモラルを批判する記者たちに「英語のクライシスの語源をご存知ですか」と問うシーンがある。誰も答えないのを見計らって彼は続ける。「クライシスの語源は、ギリシャ語で決断を意味する言葉です。危機は瞬時に決断できるかなんですよ」と。瞬時の決断のためには、決断のための仕組みと決断できる環境が整えられていなければならない。それが、上述の「危機管理ガバナンスの再構築」であり「危機に強いフォロアーシップ」なのだと思う。

経済官庁(I種職員)山科翠

   J-CASTニュースの新書籍サイト「BOOKウォッチ」でも記事を公開中。

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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