【書評ウォッチ】ひげと人間の関係は のびたり剃られたり時代を反映

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   ひげを通じて歴史を考えるというユニークな『ヒゲの日本近現代史』(阿部恒久著、講談社現代新書)が日経と読売新聞に載った。その有無や扱い方は男性のファッションだけではなく、時代の雰囲気や政治軍事までを反映する。

   概して「ひげ有り」は男らしさ・権威・強さ転じて軍事力や戦争、「ひげ無し」は安定・平和・秩序のイメージか。すぐにそうとも言い切れないが、読めばそれなりの根拠が浮かんでくる。現代は多彩なひげが見られる一方で、永久脱毛に走る男性も。そういえば、ひげの政治家があまりいないのは選挙でうけないから? ひげと人間を多角的にとらえようとした一冊だ。【2013年8月25日(日)の各紙からII】

有りは権威、無しは秩序?

『ヒゲの日本近現代史』(阿部恒久著、講談社現代新書)
『ヒゲの日本近現代史』(阿部恒久著、講談社現代新書)

   ひげの現職国会議員は自衛官出身の佐藤正久氏、戦後の首相では半世紀以上前の幣原喜重郎、石橋湛山氏ら5人ぐらい。田中角栄、三木武夫の両氏はひげつき写真も残っている。こんな感じで戦後政治家にあまり多くはないことを日経の評者・ノンフィクション作家の塩田潮さんが整理している。ただし、この本からすると、日本人のひげが少数派だったとは必ずしも言えない。

   戦国時代の武士はひげを蓄えることが多かったらしいが、江戸幕府は禁令を発した。明治期は大流行、大正デモクラシー期はひげ無しが拡大、戦時体制で復活した。戦後は、サラリーマン社会の拡大とともに消えていき、現在ではおしゃれの一部としてよく見かける。で、有りは強さの、無しは秩序の重視という分類が。

   反対にいえば、歴史や社会の底流を探るとき、ヒントの一つにもなるということだ。してみると、部分ひげや男性脱毛も入りまじる現代は、まずは混沌。これから、その「底流」がどちらへ向かうか見逃せない。

「ひげ異端視も窮屈」

   著者は変化の要因として「権力側の働きかけ」「外国の影響」「女性の目線」「ひげそり器具の発達」の4点をあげている。「いつの時代も流されやすい日本人」と、読売の評者・漫画家でコラムニストの辛酸なめ子さん。塩田さんは「軍国主義時代のようにヒゲが幅を利かせる世の中は真っ平だが、ヒゲを異端視する窮屈な社会も御免被りたい」という。ごもっとも。

   身近なバスを愛してやまない詩人・作家の『スバらしきバス』(平田俊子著、幻戯書房)が毎日新聞に。街角の新発見、再発見を楽しくまとめてある。気分が変わる。

(ジャーナリスト 高橋俊一)

J-CASTニュースの書籍サイト「BOOKウォッチ」でも記事を公開中。

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