2020年 7月 11日 (土)

霞ヶ関官僚が読む本
「本能寺の変」予言した恵瓊の先見の明 なのになぜ「関ヶ原」敗軍に与したのか

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   諸兄姉は、安国寺恵瓊の名を聞いて何を思うであろうか。多くの方は、戦国末期の毛利氏の外交僧、あるいは石田三成、小西行長とともに関ヶ原の西軍首謀者として処刑された大名と答えるだろう。岡山御出身の方なら、羽柴秀吉の備中高松城水攻めの折に城主清水宗治に面会して毛利氏の苦しい実情を語り、暗に切腹を促した使僧と言われるかもしれない。禅林に詳しい方ならば、彼が京都五山の一つ東福寺の二百二十四世の住持であったことを指摘するかもしれない。あるいは彼に対して侫僧というような悪い印象をお持ちの向きもあろう。

   本書『安国寺恵瓊』(吉川弘文館人物叢書)は、河合正治博士(広島大学名誉教授)が、恵瓊の生涯をまとめたものである。著者によれば、恵瓊の不評は、徳川治下での悪評価に加えて毛利氏の事情によるところが大きい。関ヶ原で敗れた際にすべての罪を恵瓊にかぶせて何とか防長二州で存続を得た毛利氏にとって、恵瓊は思い出したくない人物であった。しかし著者が説くように、恵瓊が秀吉の天下一統の事業を大いに助けたこと、厳島の千畳閣や広島の不動院金堂をはじめ多くの文化財を残したことなどは正しく評価されねばならない。

最終的には伊予6万石の大名に

『安国寺恵瓊』
『安国寺恵瓊』

   恵瓊は、安芸の守護武田氏の出で、幼少時に同氏が滅亡すると安芸安国寺(現不動院)に逃れ禅僧になった(後に同寺の住持となり、安国寺恵瓊と呼ばれるようになる)。長じて本山東福寺に上り修行を重ねた。当時禅宗と武家のつながりは深く、恵瓊の師である東福寺の住持恵心は毛利氏と密接な関係にあり、毛利のために諸国の大名との外交や中央政界工作に活躍していた。恵瓊は師の下で外交僧としても修行を積み、やがて毛利氏の外交僧として縦横無尽の活躍をするようになり、織田・毛利両氏間の交渉を通じて、恵瓊は秀吉を深く相識る。

   この頃恵瓊は、信長と秀吉について驚くべき予言をしている。「信長之代(は5年、3年は持つだろうが、いずれは)高ころびにあおのけにころばれ候ずると見え申候、藤吉郎さりとてはの者にて候」と。これが本能寺の変の10年前であるから恐れ入る。恵瓊には先見の明があった。前述の高松城の水攻め直後の「中国大返し」の際には、小早川隆景とともに対秀吉融和論で毛利氏内をまとめている。勿論恵瓊としては毛利氏の将来を心配してのことだったろうが、この頃から彼は天下一統を目指す秀吉の立場に近付いていく。四国・九州の役、文禄・慶長の役を通じて豊臣政権の直臣という立場が濃くなり、最終的には伊予6万石の大名になる。

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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