2024年 5月 5日 (日)

霞ヶ関官僚が読む本
"日本帝国の失敗"ものの中で印象に残った一冊 「戦略的」過ぎ「戦略性」を失う

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『日本はなぜ開戦に踏み切ったか 「両論併記」と「非決定」』(森山優著、新潮選書)

   各方面の主張をバランスよくちりばめ、みんなが合意できる曖昧な内容とする。決めなければならないことではなく、決め易いことから決める。しばしば指摘される日本型意思決定のこういった特徴を、著者は「両論併記」と「非(避)決定」という言葉で端的に表している。今の霞が関、ひいては日本型大組織にも通じるエピソードが満載だ。

「計画的にやれといわれ人生誤った」と陸軍官僚

日本はなぜ開戦に踏み切ったか
日本はなぜ開戦に踏み切ったか

   明快な分析に従って軽快に読み進める中で、一カ所、「ん?」と引っかかった箇所がある。それは、第五章で引用される陸軍官僚・西浦進の戦後における次の述懐である。

   自分たち軍人が「あまり若い時から戦略とか戦術とかいうようなことで、ものごとを計画的にやれと言われていることが、かえって人生を誤ったのではないか。」

   最初、意味がよく分からなかった。巷間よく言われるのは、「日本に戦略がなかった」ことではないのか。「戦後のことまで考え戦争を始めた米国と、戦争の終わらせ方も考えていなかった日本」といった比較。なぜ、戦略なき日本の元軍人が、戦略を持てばよかった、ではなく、戦略とか戦術とか言い過ぎた、という趣旨の述懐をし、著者が共感をもって引用しているのか。

普段しばしば耳にする「戦略」だが…

   ふと思い至ったのは、普段の仕事で、「戦略」という言葉をしばしば耳にすることだった。

   入省数年目の若い頃、こんなことがあった。「今般とある会議体を内閣官房に立ち上げる。ついては、そこで扱うべき案件のリストを各省から出してもらいたい。」という依頼があり、省の窓口部局に籍を置いていた評者がリスト案を作成した。省内の関係部局に事前の説明に回ったとき、ある先輩からこんなふうに諭された。

「ずいぶん総花的なリストだね。なぜこの時期にこんな会議を立ち上げるか分かってるのか? 〇〇さん(政権中枢の政治家)の意向だよ。なぜか分かるか? 夏に選挙があるだろ。それを睨んでいるんだよ。この選挙は△△が争点になるだろ? だから、この会議では、夏までに、△△について有権者に訴求するアウトプットを出さないといけない。事前に◇◇省や××業界とも調整する必要があるだろう。とするとタイムスケジュール的に一番現実的なのはこれとこれだ。その2つをリストの最初に持ってくるべきだ。そういう風に戦略を持ってやらないとダメだよ。」

   これが霞が関の優秀な人たちが考える戦略的な意志決定だ。落としどころを見切り、逆算して指すべき手順を検討する。今ある組織や仕組みを前提に、微調整を図りながら、詰め将棋のように一手一手着実に関係者の合意に導く。こういうソツのない仕事の進め方が今だにできない評者などは大いに反省しなければならない。

   けれど、これは平時の戦略だ。米国と戦争するのかしないのか、といった話は、もっと重大で、先の見えないものだ。みんなが合意できるような落としどころがあるのかも、今ある組織や仕組みの中でそれを導くことができるのかも、分からない。戦略的に進めようにも限界がある。何を決めるべきなのか、どんな価値基準に従えばいいのか、といったもっと根本のところに立ち戻ることが必要だろう。

可能性の検討なく、馴染みのある「戦略」で対処

   戦略、戦術、計画と言われ続けた軍人たちが、なぜ開戦を選んだのか。それは戦略を忘れたからではない。馴染みのある「戦略」をもって対処しようとしたことで、逆に、自分たちが「戦略的」に扱える範囲の物事しか見なく、考えなくなってしまったからではないか。

   だから、今後の国際情勢についてあらゆる可能性を真摯に検討することもなく、また、戦争に負ければ帝国自体がなくなってしまうのだといった根本を見つめることもなく、コップの中の戦略を追い、ひたすら論理と修辞を駆使して、落としどころとなる曖昧な「国策」の合意を導こうとした。その結果が開戦だった。

   これを、著者は、「開戦三年目からの見通しがつかない戦争は、どうなるかわからないにもかかわらず選ばれたのではなく、(略)どうなるかわからないからこそ、指導者たちが合意することができたのである。」と、皮肉を込めて分析している。

   むやみに「戦略的」であろうとすることが、かえって何の戦略性もない意志決定をもたらす。己の知識と経験が及ばない領域に目を向けよ、もっと謙虚であれと、西浦は言いたかったのではないか。

総務省 名ばかり管理職

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