2024年 4月 26日 (金)

霞ヶ関官僚が読む本
治る見込みが無くなったとき、患者はどうなる、医師はどうする

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「悪医」(久坂部羊著、朝日新聞出版)

   先日、昨年秋に、がんのため71歳で亡くなった知人の新盆の墓参りにでかけた。30数年前、彼の妻が子ども3人を残して突然去り、以来、景気の波に翻弄されながらも、板金の仕事を続け、見事、子ども達を育て上げた方である。

   昨年5月、長女から「原発不明のがん」で入院したとの電話をもらって以来、大学病院からホスピスに転院して亡くなるまでの間、5回ほど見舞った。その都度、岩手での子ども時代の話、東京に出てきてからの仕事での苦労話など、これまで耳にしたことのない様々な話を聞かせていただいた。深刻な病状であることは本人も十分わかっていたはずだが、そんな話題にはまったく触れることなく、子ども達が立派に成長し、孫を抱くことができたことが何よりだったと話してくれた。

   評者にとっては、心に残る「逝き方」だった。彼の子ども達も、そんな父の逝き様を誇りに思っているようである。

   本書は、こうした死を受容した逝き方とは、一見正反対とも見える、治療を諦めきれないがん患者と、そんな患者に心の葛藤を抱く医師の話である。

   現役の医師が書いただけに、患者、医師それぞれについて深い理解が感じとれるリアルな医療小説だ。今年の日本医療小説大賞を受賞している。

がん患者の思い――治療は「希望」、副作用よりも何も治療しないでいる方が辛い――

悪医
悪医

   評者は、毎年、忠実に人間ドックを受けている。歳をとるにつれて、数値が悪化していることもあって、年々、結果を見るのが怖い。「悪性の疑いがあります。精密検査を受けてください」。そんな一文が書かれているんじゃないかと、ドキドキしながら封を開ける。

   こんな自分が、「がんの宣告」を経て、様々な辛い治療を乗り越えた後に、「もうこれ以上、治療法はありません」と告げられたら、一体、どうなってしまうのだろう。とても考えたくない事態だ。

   しかし、日本人の2人に1人はがんになる。そして3人に1人はがんで死ぬ。この冷厳な事実を前にすれば、考えたくなくても、考えざるを得ない事態なのだ。

   本書に登場する患者は52歳。早期の胃がんで発見されたが、11カ月後に肝臓への転移。苦しい抗がん剤治療を繰り返すも、奏功せず、「残念ですが、もうこれ以上、治療の余地はありません」、「余命はおそらく3カ月くらいでしょう。あとは好きなことをして、時間を有意義に使ってください」と告げられる。

   しかし、この患者にとって、到底受け容れることのできない宣告だった。希望が打ち砕かれた衝撃とともに、治療継続を求めずにはいられない心の葛藤が、リアルに語られる。

「すべての人が自分より健康そうで幸せそうに見える。死を恐れなくてもいいというのは、どれほどうらやましいことか」
「好きなことをして、時間を有意義に使えだと。こんな気持ちで何ができる。死の宣告を受けて、温泉に行って楽しいと思うのか」
「副作用より、何も治療しないでいることのほうがつらい」

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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