視覚障がい者が砂漠250キロをみごと完走!

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   想像できるだろうか。視覚障がい者が、1週間で砂漠を250キロ踏破することを。しかも伴走者は、言葉の通じない外国人。

   そんな想像を絶するプロジェクトを実行している人がいる。千葉県在住のシステムエンジニアの金基鎬(キム・ギホ)さんである。公益財団法人韓昌祐・哲文化財団の助成を受けた一般社団法人「小さな鈴の音」(以下、鈴の音)の主宰者だ。

   鈴の音は、ゴビ砂漠(中国)、サハラ砂漠(北アフリカ)、アウトバック(豪州)、グランドキャニオン(北米)、アタカマ砂漠(南米)といった5大陸砂漠マラソンに、視覚障がい者と出場。異なる国の伴走者とともに、みごと完走している。

  • 2016年、参加者はナミビアのサハラ砂漠を1週間で踏破した。左から6番目が、金基鎬さん。(写真・Small Bell Sound、以下同)
    2016年、参加者はナミビアのサハラ砂漠を1週間で踏破した。左から6番目が、金基鎬さん。(写真・Small Bell Sound、以下同)
  • この時に参加したあんまマッサージ指圧師の村木貴広さんは、遺書を書いて出発したという。それほど不安だった。
    この時に参加したあんまマッサージ指圧師の村木貴広さんは、遺書を書いて出発したという。それほど不安だった。
  • 視覚障がい者は、伴走者のリュックにつけた通称「絆ロープ」をしっかり握って走る。
    視覚障がい者は、伴走者のリュックにつけた通称「絆ロープ」をしっかり握って走る。
  • 砂漠といえ、大きな石がごろごろしている場所もある。伴走者が、「スートン!(石だ!)」と教えてくれても、避けられずに転倒することもしばしばだ。
    砂漠といえ、大きな石がごろごろしている場所もある。伴走者が、「スートン!(石だ!)」と教えてくれても、避けられずに転倒することもしばしばだ。
  • スタート直後は他の参加者が見える。しかし、20kmも差が付くと、前に走った人の足跡だけが頼りだ。「足跡には国籍も宗教も関係ない」と金基鎬さんは覚醒した。
    スタート直後は他の参加者が見える。しかし、20kmも差が付くと、前に走った人の足跡だけが頼りだ。「足跡には国籍も宗教も関係ない」と金基鎬さんは覚醒した。

日韓関係の悪化で考えた

   プロジェクトの着想は、2011年に金さんが個人参加したサハラ砂漠マラソンがきっかけだった。

「スタート直後は人が周りにいるのですが、20~30キロになると人が見えなくなります。本当にこのコースで合っているのかさえ不安になってくる。そんなとき頼りになったのが前を走った人の足跡。その足跡に、国籍も宗教も関係ありませんでした」

   当時、韓国で1冊の本が話題になっていた。『神の息 サハラ』。視覚障がいをもつ韓国人男性がサハラ砂漠を完走した体験記だった。著者は、韓国人の伴走者と走ったが、もし違う国の伴走者と走ったら......と、金さんは思った。

「私は日本人女性と結婚して十数年になります。その頃、領土問題で日韓関係が険悪になっていたのが気になっていました。もし、私が日本人の視覚障がい者と一緒に走り、心が通じ合えたら、両国の関係によい影響を及ぼすかもしれない。それが広がっていけば、社会貢献になるし、国際貢献にもなると思ったのです」

   視覚障がい者と走るとき、鈴をつけた登山用ストックは必需品だ。前に石などの障害物があるとき、それを鳴らして注意を促すのだ。団体名「小さな鈴の音」はその鈴にちなんだ。最初は小さな音でも、参加者が増えるうちに、多くの人々に広がることを願った。

   2013年、初挑戦のアタカマ砂漠完走に続いて、15年にはゴビ砂漠、翌年サハラ砂漠も完走した。

伴走者が支えになって

   あんまマッサージ指圧師・村木貴広さん(66歳)は、ゴビ砂漠とサハラ砂漠に参加した。出発する前「遺書を書いた」というほど不安だった。村木さんはマラソン歴10年。趣味で25~100キロのマラソンを走っていたが、250キロもの砂漠を走った経験はなかった。しかし、金さんの「日中韓の友好のために」という考えに突き動かされたという。

   伴走者のリュックにつけたロープ、通称「絆ロープ」を村木さんが持って走るのだが、ゴビ砂漠を走って気付いたのは、50センチ四方の大きな石がごろごろしていること。伴走者が「stone!」(石)と叫んで教えてくれるのだが、うまく避けられず、転倒することがたびたび。また段差があるときは、「up」「down」、ヒドい段差は「big up」「 big down」と言い方を変えてくれた。

   毎日、フルマラソンに相当する距離を走った。疲労は蓄積し、いつリタイアしてもおかしくない状況の中、完走できたのはなぜか。

「伴走者の存在です。伴走者は食事やトイレの補助などすべてにおいて手を貸してくれた。会社を2週間以上休み、参加費100万円を払って来てくれている。めげそうになったときは、「Can!Can!」(できる)といって励ましてくれた。彼らを裏切れるわけがないです」

   完走の瞬間、3人で泣きながら抱き合った。

「感動でした。言葉は通じにくいけれど、気持ちは通じ合えました。当時は、日中韓の関係が悪く、レース参加前に、ニュースを見ていて、あまりいい感情は持っていなかった。でも、走り終えたあと、報道がすべてではない、信頼できる人がいるのだと実感できました」

   2017年、鈴の音が目指したのは中国。ユネスコ世界遺産に登録された場所を走った。

(文・ノンフィクションライター 西所正道)

公益財団法人韓昌祐・哲文化財団のプロフィール

1990年、日本と韓国の将来を見据え、日韓の友好関係を促進する目的で(株)マルハン代表取締役会長の韓昌祐(ハンチャンウ)氏が前身の(財)韓国文化研究振興財団を設立、理事長に就任した。その後、助成対象分野を広げるために2005年に(財)韓哲(ハンテツ)文化財団に名称を変更。2012年、内閣府から公益財団法人の認定をうけ、公益財団法人韓昌祐・哲(ハンチャンウ・テツ)文化財団に移行した。

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