2024年 4月 20日 (土)

他者のために使う時間こそが貴重―― 大人になって身に染みる「先生」の言葉

来店不要なのでコロナ禍でも安心!顧客満足度1位のサービスとは?

   ■「十歳のきみへ―九十五歳のわたしから」(日野原重明著、冨山房インターナショナル)

   「生活習慣病」の名付け親にして、百歳超でなお活躍された聖路加病院名誉院長の日野原重明医師。先ごろお亡くなりになった日野原医師が、小学校での講演活動を重ねる中、より多くの子供たちにメッセージを発したいと書かれたのが本書である。

   著名人のベストセラーに書評を加える余地などないものの、日野原医師の業績に敬意を表するとともに哀悼の意を込め、ご紹介したい。

大人にも示唆に富む人生哲学の書

   諸賢ご案内のとおり、日野原医師には多くの著作がある。『生き方上手』などと並ぶ代表作とされる本書は、十歳の少年少女に宛てながら、大人にも示唆に富む。

   良きキリスト教徒であった医師の面目そのままに、著者は相手の痛みを理解する想像力を重視する。これが無宗教あるいは仏教的素養の日本人にも受け入れやすいのは、著者が普遍的な人間真理を語っているためと言えようか。

   巻末に小学生の読後感想文が掲げられている。

   曰く、

「今その時どきの年齢に一生けん命に命を注ぎながら生きなさいということ。注がれた命は、どんどん私の中にたまっていき、将来たくさんの人や社会に役立つ人間になるための大切な宝物になっていく」

   あるいは曰く

「自分のためだけに時間を使っているようでは駄目なんだと言う先生の言葉に、サッカーボールが顔面に直撃したくらいショックを受けました」

著者の人生哲学を真っ直ぐ受け止める子供たちの感受性、まぶしいばかりである。

   だらしない評者のような親が子に説教しても説得力はないものだが、長い人生を通して実践を怠らなかった医師の言葉は通じるところも大きかろう。怪しげな自己啓発書の宣伝が幅を利かせる昨今だが、こうした感想文を読み、また多くの大人が本書を子弟に贈っている話を聞くと、この社会もまだまだ捨てたものではないと感じる。

「職業人生」に読み替えてみる

   本書は人間の生き方がテーマだが、その訓えを職業人としての人生に絞って当てはめて見てもまた含蓄がある。

   他者のために使う時間こそが貴重である、という著者のメッセージは、会社や官公庁という組織で働く場合にも、あるいは商いをする場合にも、実は等しく当てはまると思われるからである。

   ことに中央省庁の官僚は、ともすれば冷たい、機械的な人間と思われがちだ。全体の利益を図ろうとすると、一部の利益が損なわれうることも一因だろう。だがその一部の利益もまた国民の利益である。それに思いを致すことは、まさしく他者のために時間を使う、ということではないか。

   評者は若い頃、同僚に「お前は結論を出すまで考えあぐねるが、物事には正解がある、正解をつかめば悩む必要はない」と諭されたことがある。当時は頭脳明晰な同僚を畏敬し己の愚鈍を恥じたが、今は違う。

   大きな政策遂行には小さな犠牲も止むを得ない、と切り捨てるのではなく、その小さな犠牲をも生じさせないために何ができるか。叶わぬまでも悩み続ける。これが行政官たる者に求められる姿勢と評者は信じるに至っている。

   著者が紡ぐ言葉に出てくる「人生」の語を、「職業人生」に読み換えてみよう。

「変わりばえのしない、なんでもない毎日も、職業人生の大きな宝ものです。」
「職業人生において最悪の体験だと思っていたものが、じつは、私が人の心を察することのできる職業人になるために必要なレッスンであったのだと、いまは心から感謝しています。」

   以上、良書の読み替えとして陳腐だとのお叱りは甘んじて受けるが、職業人生も後半戦が佳境に入った今、仕事の姿勢を再考させて頂いた次第である。

   日野原先生に感謝しつつご冥福をお祈りしたい。合掌。

酔漢(経済官庁・Ⅰ種)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

姉妹サイト

注目情報

PR
追悼
J-CASTニュースをフォローして
最新情報をチェック
電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中
カス丸

ジェイキャストのマスコットキャラクター

情報を活かす・問題を解き明かす・読者を動かすの3つの「かす」が由来。企業のPRやニュースの取材・編集を行っている。出張取材依頼、大歓迎!