ネットでは簡単に収集できない「処世訓」が凝縮

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   ■『菜根譚 中国の処世訓』(湯浅邦弘著、中公新書)

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   中国の明代末期に著された『菜根譚』は、儒教のみならず道教・仏教の訓えを包含した処世訓として、日本人に長く親しまれている。

   本書は、その古典の平易な解説書であり、新書版ということもあって、多忙な年末に拾い読みをするに恰好の本である。

野菜の根のように、硬いがよく噛むと味わいがある話

   『菜根譚』とは、野菜の根のように、硬いがよく噛むと味わいがある話、との意である。著者は、洪自誠なる人物であり、どうやら明王朝における不遇の役人であったらしい。二部に分かれたその処世訓は、前半が現職における立ち居振る舞いを、後半が退職後の身の振り方を示すものと受け止められるようだ。

   だが、本書の解説はより多角的である。

   冒頭の章では、『菜根譚』が書かれた時代背景と、その思想の由来を説明する。この配慮により、学生時代に学んだ中国史が忘却の彼方にあっても、まずは基礎知識が得られる。第二章は、『菜根譚』の内容を現代的に理解していくが、原文と異なり、構成を「人と交わる」「学びと教え」「善と悪」等の6つに再編し、読者にそれぞれのテーマを意識させる。より理解しやすくなる工夫と言えよう。

   第三章は原文で特に味わい深い言葉を拾い上げ、第二章と相まって原文を「より立体的に把握」(著者まえがき)できるようにしている。最終章は、さらに視野を広げ、中国の処世訓の系譜を辿り、『菜根譚』の位置づけを論じ、その価値を再発見する。

   原文の一部と、その解説の様子を御紹介すれば以下の如くとなる。

「完名美節は、宜しく独り任ずべからず(完全な名誉、立派な節操(という評判)は、独り占めしてはならない)」

   この原文に対し、著者は「日本古来の風習として『福分』がある...いわゆる『おすそわけ』である」と書き出し、次いで「こうした思想の実践者」として春秋時代の范蠡という人物を挙げ、『史記』に描かれた故事を紹介する。さらに『老子』の「功成り、名遂げ、身退くは、天の道なり」の一節を引用する。

   この間わずか2ページ。ネット検索では簡単には収集できない情報が凝縮していることが見て取れよう。

クリーム・スキミングできる啓蒙書

   著者・湯浅邦弘氏は、大阪大学文学部に奉職する中国哲学の大家である。そのためか、ビジネス書にありがちな、古典を卑近な具体例に安直に当てはめるようなことがない。これが心地よい。

   報道にあって、記者の主観が混じると途端に記事が陳腐に映るのと同様、古典の解説も主観が加えられると「論語読みの論語知らず」に陥るように感じるのは、評者だけではあるまい。

   本書は、先の例の如く、中国史上の時代背景や思想の系譜、さらには我が国の文物・歴史さえも動員して、そこから引き出される類似の概念を縦横に紹介する。冒頭述べたとおり、原典が儒・道・仏の思想を継受した書であればこそ、そうした解説が相応しいのかも知れない。このように幅広い古典と故事を鳥瞰できる点で、本書は、学究の知的蓄積の成果をクリーム・スキミングできる啓蒙書と言っても良いかも知れない。

   忙中閑ありとて、中国古典に遊ぶつもりで読み進めたが、前漢の『説苑』に「国大なりと雖も、戦いを好めば必ず亡び、天下安しと雖も、戦いを忘るれば必ず危し」とある、などと紹介されると、どうしても浪高き北東アジア情勢を連想してしまう。

   修練不足の凡俗の身では、現実逃避は難しいようである。

酔漢(経済官庁・Ⅰ種)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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