2018年 11月 18日 (日)

優先席は火薬庫だ 山田清機さんの感動を覆した白い切り札

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   週刊朝日(2月9日号)「大センセイの大魂嘆!」で、ノンフィクション作家の山田清機さんが電車内のトラブルを書いている。平日の昼、新宿に向かう小田急線での一幕だ。

   車内のいざこざを描いた傑作エッセイといえば、名人、東海林さだおさんの「すわるおばさん」(1992年刊の文春文庫「平成元年のオードブル」収録)を思い出すが、山田さんの場合、観察者にとどまらず当事者でもある点が希少かもしれない。

優先席に座っていた「「杖を握りしめた爺さん」が...
優先席に座っていた「杖を握りしめた爺さん」が...

   さて、登場人物は優先席に座る若い女性と、その前で吊革にぶら下がる筆者。山田さんは50代半ばだから、年長者に席を譲る、譲らないといった緊張状態では全くない...ここまでは。女性はやがて居眠りを始めた。問題は、彼女がコクリともたれかかった左隣に、もう一人のキーパーソン「杖を握りしめた爺さん」が座っていたことだ。黒縁メガネ、銀髪オールバックのインテリ風である。

   肩で押し返す爺さん、再びもたれかかる女性、押す爺、もたれ女、爺女、爺女...の攻防がしばらく続いた後、銀髪の怒りのダムが決壊する。思い切り押し返してから、女性の頭部を杖の柄で殴ったそうだ。「うぐっ」と頭を抱えて突っ伏す女性。ここで山田「大センセイ」の登場となる。

女がついてきた理由

〈おい、なにも殴ることはないじゃないか!〉

   〈なんだ、お前は?〉と大声で応じる爺さん。〈そもそも、この女が若いクセに優先席に座っているのがおかしいんじゃないか〉。ここで、爺の元職が本人の口から明かされる。

〈私は新聞記者だったからわかるんだが、お前、ロクな人間じゃないな〉

   なるほど、団塊世代の記者OBにいそうなキャラで、先輩諸氏の顔が浮かんだ。

   〈こ、こっちだって、物書きだぞ。文章を書く人間が暴力に訴えるなんていうのは、一番アレだぞ...〉と山田さんも反撃、出るとこに出ようとなって、二人は新宿駅の駅長室に向かう。なぜか、殴られた女性も黙って後についてきた。起承転結の「転」である。

「爺さんの暴行を諫めてくれた恩人の潔白を証明するために、わざわざ駅長室まで同行しようというのだ。彼女の勇気に、ちょっと感動した」

   二人の男の訴えを聞いた中年の駅員が、女性に発言を促した。

   すると、いきなりスカートをまくり上げた彼女、〈私、病院の帰りなんです。立ってると痛いから優先席に座っていたんです〉。なるほど、膝には白い包帯が巻かれていた。

温存していた切り札

   「なんだ、証明したかったのは自分の潔白か」...大センセイと読者を裏切るオチ。同時に「あんたら私にも言わせてよ」という女性の必死さが伝わってくる。

   人間観察や人物描写はエッセイの基本技のひとつ。「キレる中高年男性」はもはや定番ネタである。それだけ目撃例が多いわけで、私も図書館や役所のカウンターで見かけるし、しばしば自らキレかける。老人密度の濃い優先席とその周辺は、いわば火薬庫といえる。

   加齢とともに怒りっぽくなるのは、体の動きや頭の回りが思うようにならない、つまり若い頃にできたことができない喪失感が一因らしい。高齢化社会の病理には違いない。

   もちろん山田コラムのケースでは、包帯という切り札を足元に忍ばせたまま睡魔に身をゆだね、ぐにゃぐにゃになった女性にも多少の非はあると思う。

   コラムのタイトルは「スカートの中」。末筆ながら、それにつられて読み始めたことを書き添えておく。

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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