2018年 9月 24日 (月)

小林克也、77歳で25年ぶりのアルバム
声は年齢を超える

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   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   もし何の予備知識もなく声だけ聴いていたら、彼の年齢を思い浮かべる人はいないのではないだろうか。太くて艶がある。華のある声というのはこういうことだと思わせてくれる深みのある声。日本語はもちろんのこと、そこに英語が加わってくると一段と流ちょうになる。まさに独壇場だ。

   ラジオやテレビでの英語DJの大御所、俳優やナレーターとしても揺るぎない実績の持ち主、小林克也である。

「鯛~最後の晩餐~」(ビクターエンタテインメント、アマゾンHPより)
「鯛~最後の晩餐~」(ビクターエンタテインメント、アマゾンHPより)

最新のロックと風刺の効いたブラックジョーク

   2018年3月27日、77才の誕生日を迎えた。

   その日、彼は25年ぶりにアルバム「鯛~最後の晩餐~」を発売した小林克也&ザ・ナンバーワン・バンドのヴォーカリストとしてさいたまスーパーアリーナ内イベントスペース「TOIRO」のステージに立った。

   この日は彼が毎週金曜日に9時間の生放送「FUNKY FRIDAY」を放送しているFM NACK5のリスナーを招待してのバースデイライブ。彼は「おめでとう」の声の中でアルバムの中の新曲、これまでの曲、「人生を変えた」というエルビス・プレスリーの「ハートブレイクホテル」など洋楽のカバーを交えて2時間半を堂々と歌い切った。

   その姿も声も、到底77才とは思えなかった。

   小林克也は、1941年、広島県福山市の生まれ。小学生の時に駐留軍放送を知って英語に目覚め、中学を卒業するころにエルビス・プレスリーに衝撃を受け、高校の時では英語部の部長だった。アルバム初回盤のブックレットでは部員の勧誘の時に「英語の勉強は大変でしょうけど、僕はプレスリーで学んでいます」と言って50人のクラブが200人になったというエピソードも語られている。

   慶大の学生の時に通訳からナイトクラブでの外タレの司会をするようになり1970年からラジオのDJになった。今も続いているテレビの「ベストヒットUSA」が始まったのは81年。お茶の間に洋楽ロックを紹介した最大の功労者である。

   ただ、彼がそれまでのDJやアナウンサーと決定的に違うのは76年に大阪で始まったラジオ番組「スネークマンショー」だろう。俳優の伊武雅刀も加わったショートコント入り音楽番組。まだ日本ではさほど知られていない最新のロックと風刺の効いたブラックジョークの合体は若者たちの間で爆発的な反響を呼び、YMOの80年のアルバム「増殖」にも参加している。音楽を紹介するDJが音楽そのものになっていった。

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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