2018年 12月 14日 (金)

狂言師のカラダ 野村萬斎さんが説く筋肉の拮抗状態

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   Tarzan(6月14日号)の「感覚的身体論」で、野村萬斎さんが「狂言師のカラダ」を論じている。能狂言といえば静かな舞台芸術のイメージだが、これを一読すれば、伝統文化である以上に究極の肉体表現なのだ、と納得する。

   掲載誌は男性向けにフィジカルや健康を扱い、創刊から30年を過ぎてなお競合誌が現れない特異な媒体。健康誌が多々あるなかで、加齢臭がないのが特徴だ。ライザップの隆盛を引くまでもなく、中高年の健康志向はますます盛んである。

「狂言師のカラダは、毎日のように何らかのかたちで稽古をしたり、弟子に稽古をつけたり、舞台に立つ中で培われるものです」

   この冒頭を受けて稽古と公演に追われる筆者の日常が紹介され、こう続く。

「舞台の演出をしたり、映像作品に出演したり、いろいろなことをやりながらも稽古で楽をしない...ズルしないように己を律するのは大変といえば大変なことです」

   「苦行に耐えないと、どんどんカラダが逃げ始める」というから、狂言師も広い意味でのアスリートに違いない。ひとたび逃げると、身体に備わる「エネルギーの振れ幅」が小さくなり、ラクしていることがすぐバレるそうだ。プロの目は互いに厳しい。

   萬斎さんの身体論は「構エ」に移る。

「同じ動作でも人によってポイントの置き場所が違う...うちわであおぐのでも、手首だけで行う人、肘で行う人、みんな違うわけです...人それぞれ、安定する"構エ"があります」
  • 能狂言といえば静かな舞台芸術のイメージだが…
    能狂言といえば静かな舞台芸術のイメージだが…

揺れないための構え

   ここで筆者は、バレエと狂言の「構エ」の違いに言及する。この論考の佳境である。

「バレエは一本の鉛筆のように、重心が高く地面にストレートにかかる立ち方をするといいますが、狂言師は違います。我々は重心を低くし、ジグザグにベクトルを拮抗させて立つんです」

   ジグザグにベクトルを拮抗...どういうことだろう。「膝は前に折り、腰を後ろに引き、胸を前に張って、肘は後ろに引く。何でそんなきつい拮抗状態を己の身体に強いるのか?と考えたのですが、耐震構造のビルと同じで、カラダを揺らさないためだ、と」

   なるほど。ではなぜ、無理な体勢にしてまで揺れないようにするのか。萬斎さんは演者の視野に注目する。「もともとは(能のように)面をつけるからではないか。面をつけると視野が狭くなり、頼りにするものがなくなって平衡感覚がなくなってくるんです」

   話は、2002年から芸術監督を務める世田谷パブリックシアター(三軒茶屋)での公演「狂言劇場 特別版」(6/22~ 7/1)の紹介に進む。

   「注目していただきたいのが、足し算よりも引き算...あえて演出を削ぎ落した身体性の表現です。動的静、いわば止まっていることの迫力を感じていただきたい」...身体に負担がかかる拮抗状態、あえてそこで静止することで生じる緊張感、そして存在感である。

身体言語の翻訳者

   能楽の舞台から飛び出した、というよりハミ出した狂言界のスターも52歳になった。NHKの朝ドラ「あぐり」や映画「陰陽師」などで俳優としての地歩を固めた今も、主戦場はもちろん、狂言の舞台である。

   日頃の鍛錬のたまものである「拮抗状態」。動きを止めた狂言師の装束の下では、あらゆる筋肉や神経が絶え間なく仕事をしている。バレエのように客席から筋肉の動きを追えないけれど、能と狂言は「動的静」を連ねた肉体パフォーマンスといえる。

   「エネルギーの振れ幅」「ジグザグにベクトルを拮抗」「止まっていることの迫力」等々の表現は素人には難解ではあるが、「ああ、そうだろうなあ」という共感に至らせる文章の力。多方面で当代きっての表現者なのかと感心した。

   並み外れた表現力や身体能力を持つ者が、己の所作、動作を的確に分析し、易しい言葉で説明してくれる。天からそんな二物を与えられた人はそういない。私たちは、身体言語の数少ない「翻訳者」のお陰で、別の世界を疑似体験することができるのだ。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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