2018年 11月 19日 (月)

階段を下りる勇気 鈴木おさむさんが「よゐこ濱口」さんにエール

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   週刊朝日(6月15日号)の「1970年代生まれの団ジュニたちへ」で、放送作家の鈴木おさむさんが、お笑いコンビ「よゐこ」の濱口優さんに静かなエールを送っている。

   先ごろ17歳下のタレント、南明奈さんと結婚した濱口さん。鈴木さんのコラムはこの慶事を冒頭に振り、濱口さんの芸人魂を称える内容となっている。

   鈴木さんと濱口さんはともに46歳。鈴木さんにすれば「最初に仲良くなった芸能人」でもあり、かれこれ25年の付き合いという。

「通常の大人だったらひっかからないドッキリにも数々ひっかかってきたため、『ありえない』という声もありましたが、濱口さんってそういう人なんです。バカキャラだったり、ドッキリキャラだったりしますが、優しくて人がいい」

   同世代の人気者には、所属事務所こそ違うがナインティナインがいる。

   1990年代後半の話だろうか。「当時は、若手芸人の夢は冠番組(タレント名を冠したレギュラー番組)を持つことだったと思います...テレビにそういう夢があった時代」

   誰もが、まずは深夜で自分の番組を持ちたいと思っていたが、よゐこは苦闘した。下の世代の品川庄司が冠番組を持つ一方、仕事が減った時期さえあった。

  • 誰しも若いころ、一度は「上」にのぼりたいが
    誰しも若いころ、一度は「上」にのぼりたいが

冠番組より「とったどー」

   鈴木さんは濱口さんに、友人として、作家としてこう提案したという。

「冠番組を目指すのもいいですけど、いち早く階段を下りて、自分たちより後輩の番組に出て、体を張りまくりませんか。それを今からやったら、強くなれます」

   後輩の番組で体を張るなんて格好悪い。そう考えられた時代に、濱口さんは鈴木さんのアドバイスを受け入れた。鈴木さんが構成を手がけていた「いきなり!黄金伝説。」(テレビ朝日、司会ココリコ)で「1週間でせんべい1000枚食べきる男」に挑戦した。

   そこから、海に潜って魚をつかまえ、「とったどー」と叫ぶおなじみのキャラクターが出来上がっていく。濱口さんが、深く潜ってもさほど痛くならない「ダイバー耳」の持ち主だったことが幸いした。かつてシュールすぎるコントで観客を戸惑わせた芸人は、すっかりちびっ子の人気者になった。鈴木さんは続ける。

「あのとき、階段を下りる勇気を持っていなかったら、こうはなっていなかった」

   鈴木さんは、階段を下り損なった芸能人をたくさん見てきた。たとえば、主役にこだわるあまり露出が減った俳優たちだ。準主役やワキで存在感を示せれば、いずれ主役が回って来るというのに。コラムはこう結ばれる。

「一度立った上の場所から、階段を下りることを恥ずかしいと考える人も多い。だけど、階段を一度降りることで、大きな自分のイノベーションを行える」

収まりのいい居場所

   誰しも若いころ、一度は「上」にのぼりたい、のぼったらさらに上を目指したいと思うだろう。「上」とはどこか分からないまま、別の景色を見てみたいと、ひたすら「下ではないどこか」に向けてもがく。

   ところが、働き盛りになると疲れてくる。今の地位を守るだけでもしんどいのに、もういいじゃないかと。せいぜい人事で泣き笑いがある程度のサラリーマンはまだいい。自営業はあきらめたところで終わってしまう。

   究極の個人営業である芸能人の場合、視聴率、集客数、レギュラー本数、好感度といった数字でギャラや「上下関係」が日々入れ替わる。だからおのずと振幅の大きい人生になる。それに耐えられる人だけが生き残る世界である。

   ひとつ上を無理して狙い、階段を転げ落ちる人はいるが、自ら階段を一つ二つ降りられる人は、鈴木さんが言うようにそんなにいないのかもしれない。

   それは、収まりの良い「居場所」を探すことでもある。人生の半ばまでに、居心地のいい場所を見つけられた人は幸せだと思う。よゐこも悪い子も。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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