2018年 9月 25日 (火)

権利とは作られたり、作られなかったりするものである

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■『ゲーム理論と法哲学』(伊藤泰著、成文堂)

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   フォン・ノイマン、モルゲンシュテルンによる『ゲームの理論と経済行動』(1944年)の出版以来、ゲーム理論の発展は著しい。経済学にとどまらず、政治学、進化生物学など様々な学問で、思考を組み立てる上で不可欠の道具となっている。

   本書『ゲーム理論と法哲学』(2012年)は、ゲーム理論を用いて、法哲学、具体的には立憲プロセスにおける憲法上の権利の創設という課題に挑んでいる。本書が議論の基礎においているのは、ゲームのなかでも、「男女の争い」といわれるゲームである。「男女の争い」とは、次のような利得構造を持つ。

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「男女の争い」とは? 「相関戦略」とは?

   男性と女性のカップルがいるとして、デートの行き先に、男性はボクシングを観にいくことを希望し、女性がバレイを観にいくことを希望する。しかし、電話が通じない等の理由により、ふたりは相手がどちらに行こうとしているのかわからない。彼らはそれぞれが好きなものを単独で観るよりは、あまり気の乗らないイベントであっても一緒に出かけたいと思っている。すなわち、IIIはもちろんのこと、IIの利得もふたりともゼロである。

   この利得構造は、利害対立が存在するものの、なんからの妥協を図ることで、IかIVを選ぶことで互いに利得を高めることができるという政治環境の基本構造をうまく取り出している。この認識が本書の出発点にある。

   さて、カップルは、IとIVのどちらを選べばよいのか。そのためには、IかIVのどちらかを目立たせることができればよい。そのための戦略をゲーム理論では、「相関戦略」と呼ぶ。コイントスでどちらかを選ぶというルールに事前に同意することもひとつの例である。そして、政治環境で多用される、多数決もまたひとつの相関戦略であるという。

   立法段階と対比される、立憲段階でのゲームでは、まさにこの相関戦略としてどのようなものがよいかが問題になる。立法段階では、ある特定の相関戦略(例えば、単純過半数)を前提にして、ある法案の採否が問われる。他方、立憲段階では、どのような相関戦略(単純多数決か、全会一致かなど)が問題になる。

髭を伸ばしつづける権利の創設

   このような道具立てのもとで、本書は、例えば、髭(ひげ)を伸ばしつづける権利が憲法上の権利として保護されるかどうか(A)、さらに奴隷にならない権利が保護されるかどうか(B)を検討している。憲法上の権利とは、立法権、すなわち多数の権力に対する保護を与えることを意味している。権利とは、全員一致ルールのもとで各人に拒否権を与えるのと同等の機能を果たすものであり、しかもいちいち会議を招集しなくてもよいぶんだけ費用を安くすませることができる(誰かの髭を剃るかどうかを決めるために、皆に集まってもらうのは効率が悪い)。

   そう考えると、立憲段階にある人々は、自分あるいはその子孫が将来髭をたくわえたくなる可能性があると考えるであろうから、強制的に髭を剃らせる将来の立法から身を守るため、髭を伸ばしつづける権利を憲法上の権利に含めようとするだろう。

   奴隷の場合(B)でも同様に、奴隷にされない権利が認められるのが通常の場合であろう。ただし、アメリカ合衆国建国の際には、制憲過程に参画した者たちは、人種的偏見もあり、自分や自分の子孫が奴隷に転落する可能性を感じておらず、結果、奴隷制が許容されたということになる。

   なにか天から降ってくるもののように語られることのある権利なるものが、実のところ、様々な利害と不確実性の構造からダイナミックに創設されたり、されなかったりすることを、ゲーム理論のロジックに沿って体験することは、なかなか刺激に満ちた時間である。

   このように考えることは、権利がまとっていた神聖さを幾分損なうであろうが、一方、利害に根ざした確固たる基礎を持つものとして権利を見出すことへと我々を導く。ここで評者は、デイビッド・ヒューム(1711~1776)のことを思い出す。ヒュームによれば、所有権という基本的権利でさえも、利益に根ざした人間の合意(convention)という人為によって確立されたものだという。ここでヒュームに遭遇したのは、なんら奇妙なことではない。ヒュームは本質的な意味でゲーム理論の先駆者なのであり、ここにまた我々はヒュームという希代の天才の掌の上で踊らされていることに思い至り、苦笑するのである。

   本書は法学者などゲーム理論の専門家ではない層に理解できるように書かれている。高等な数学の知識がなくても理解できるため、ゲーム理論の入門書、なによりもゲーム理論の面白さを会得する上で格好の読み物としても手に取ることができるだろう。

経済官庁(課長級) Repugnant Conclusion

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。
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