2018年 11月 22日 (木)

小袋成彬、「分離派の夏」
周りと同じように生きられない

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   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   この欄でも何度か触れているようにデビュー曲やデビューアルバムにはそのアーティストの様々な要素が凝縮されている。どんな感性の持ち主なのか、どんな音楽をやろうとしているのか。全てはそこから始まって行く。

   そういう意味で今年(2018年)の上半期で最も印象深かったデビューアルバムが4月25日に発売された小袋成彬の「分離派の夏」だった。

   何しろ、アルバムの一曲目「042616@London」はモノローグのようなトークで始まっていた。内容は川端康成や三島由紀夫も登場する芸術論だ。作家はなぜ作品を作るのか。しかも語っているのは彼自身ではない。クレジットにあるのは他の男性の名前だった。

   少なくとも一曲目にアーティスト本人ではない声の芸術論から始まるデビューアルバムを聞いたのはこれが初めてだった。

   筆者が担当しているFM NACK5の「J-POP TALKIN'」のインタビューで彼はこう言った。

    「パリの近郊の大学で音楽史を勉強している友人で、クラシックに造形が深い。アルバムを作ってると言ったらロンドンに来てヨハン・シュトラウスやベートーベンになぞらえて色んな話をしてくれたんですね。これは面白いと思って一部を入れました」

「分離派の夏」(ERJ、アマゾンHPより)
「分離派の夏」(ERJ、アマゾンHPより)

プロデュースは宇多田ヒカル

   小袋成彬は、1991年4月生まれ。学生時代にR&Bユニットで歌い始め、卒業後、友人とTokyo Recordingsという音楽レーベルを発足、新しい世代のアーティストのプロデュースや編曲、作詞の提供などを手掛けていた。彼らが作り出す東京発の洗練されたデジタルな音作りは時代の先端を感じさせた。

   ただ、多くの音楽ファンが彼の名前を意識したのは2016年に出た宇多田ヒカルのアルバム「Fantome」の中の「ともだちwith小袋成彬」でだろう。彼はゲストヴォーカルとして参加していた。

   二人の間を取り持ったのはエピックレコードのディレクターだった。Tokyo Recordingsのプロジェクトが終わったその日に「宇多田ヒカルのアルバムのゲストヴォーカルとしてロンドンに行ってくれないか」というオファーが入ったのだそうだ。

   アルバム「分離派の夏」のプロデュースは宇多田ヒカルである。彼女は、彼のデビューに当たって、こんなコメントを出している。

「この人の声を世に送り出す手助けをしなきゃいけない ――そんな使命感を感じさせるアーティストをずっと待っていました」

ドイツの芸術運動の中で生まれた言葉

   アルバム「分離派の夏」はイマジネーション豊かな美しく刺激的な作品だった。

   既成の音楽のスタイルで言えばR&Bになるのかもしれない。でも、そういうジャンルでは語れない詩的な映像感、情景感がアルバム全体を一つのトーンで覆っている。作詞も作曲も編曲も音のプログラミングも彼が手掛けている。

   例えば、流れ星のような傷の入った色褪せた古いストリートフィルムを見ているような感覚と言えばいいだろうか。歌詞の中には渋谷や新宿などの地名も登場する。でも、それは現実にある東京の都会ではない。記憶や想像の中にだけ見え隠れする既視感の街だ。曲を弾くというよりイメージを音にしてゆくような演奏。あの夏の日、あの雨の夜の様子。街角で交わされた会話や人の流れ。ファルセットと地声がミックスされた彼の歌はまるでトーキング・ポエムのようだった。

   もう一つの印象は「白昼夢」のようなロックアルバム、だった。

   アルバムの四曲目に「Daydreaming in Guam」という曲がある。でも、歌われているのは常夏の島、グアム、青い海と空、サンゴ礁の青春というイメージではない。出てくるのは線香と陽炎と遺影である。静かに低く聞こえるホーンセクションが遠い潮騒のようだ。どこかで悲鳴のような声も聞こえる。非現実的な白昼夢のようなロック。アルバムのテーマは「少年期」だったという。

   アルバムの中にもう一曲、彼ではない男性のモノローグがあった。6曲目の「101117@El Camino de Santiago」。スペインからポルトガルまでの800キロを30日かけて歩くという旅の6日目、サンチャゴでの録音。彼は、勤めていた会社を辞めて旅に出た理由を語っていた。毎日、出勤してタイムカードを圧している時に、歯車として消費されるだけの自分に空しさを感じて辞めたと語っていた。

「彼も大事な友人です。元々は会社員だったんですけど、ドイツのベルリンに留学して小説家を目指してました。会社を辞めた時の話をして欲しいと思って連絡したら旅に出ていた。思いついた時に録ってくれと頼んだんですね」

   彼の名は酒井一途。今、宇多田ヒカルの新作アルバム「初恋」の特設サイトで、宇多田ヒカル、小袋成彬と三人の座談会が随時公開されている。

   アルバムの中でプロデューサー・宇多田ヒカル自ら参加しているのが「Lonely One feat.宇多田ヒカル」。一人ぼっちにはなりたくないと思いつつ、仲のいいふりも出来ない。いま、どこか荒野でひとり吠えている「僕らおおかみ」。ヘルマン・ヘッセの小説「荒野のおおかみ」がモチーフになったという宇多田ヒカルのアルバム「Fantome」の中の同名の曲と重なり合った。

   群れの中で周りと同じように生きられない。元々、19世紀から20世紀初頭のドイツの芸術運動の中で生まれた言葉だったというアルバムタイトル「分離派」は、彼らのそんな生き方を象徴しているようにも思った。

僕は芸術を追求したい

   アルバムを総じての印象は「アートとしてのポップミュージック」だった。ヒットチャートの順位やカラオケで歌われることを意識して作られたものではない、音楽でしか表現できないこと。彼は、自分にとっての「音楽」についてこう言った。

「何かを表現するのに最初に来るのは言葉なんです。文章。悲しみを表現するのにピアノの前でマイナーコードを弾くということにはならない。そういう意味では音楽家ではないなと思います。でも、言葉では表現できない感覚や感情を表現できるのが音楽なんです」

   ポップミュージックは、作り手にとっての「作品」と「売れる」ということで評価される「商品」という二つの側面を持っている。彼はTokyo Recordingsのレーベルオーナーとして「今、流行っている音楽、売れている音楽を徹底的に研究した」と言った。

「何が人の心をとらえるのか、どんなテンポが聞き手を踊らせるのか。それらと同じものを作るスキルをどう身に着けるか頑張ってました。でも、そういうことで俺は死ねるのか、と思った。もうやりません。音楽を『商品』と思うのはビジネスをしている人たち。僕は芸術を追求したい。そもそも関係のないものだと思います」

   アルバムの資料に「分離派の夏」完成に寄せて、という一文があった。その中で彼はこう書いていた。

「本作品は『分離派』として生きた二十六年の弔いであり、慰みであり、癒しである」

   このために自分の人生があった。

   そう思えるデビューアルバムで新しい人生を歩き始めた27歳の初めての夏――。

   今年、彼は野外フェスに軒並み参加する。

   真夏の太陽の下で、どんなステージを見せてくれるのだろう。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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