2022年 5月 17日 (火)

「朝鮮通信使」の影響を映す
建仁寺両足院の貴重な文物を調査

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はるばるやってきたキムチを漬ける甕器(オンギ)や朝鮮絵画

   こうして、片山の両足院通いが始まった。両足院にあるいくつもの蔵のうち、壁の塗り直しをしなければいけない蔵がふたつあった。工事の前に資料を取り出し、宝物や書籍の一時保管先として花園大学歴史博物館、同大学国際禅学研究所、京都国立博物館、京都市歴史資料館などへ預け、保管中に公益財団法人禅文化研究所のデジタルアーカイブス事業に組み入れて調査を行う算段である。中には何十年も開けたことのない長持もあった。

   両足院ほどの名刹(めいさつ)でも、かつて「小僧さん」や役僧を抱えていた時代とは違い、住職一家は毎日の寺務だけで忙しい。大切なものがしまわれていると知っていても、自分たちではなかなか手がつけられなかった。その点では、片山の申し出は渡りに船だったかもしれない。

「何十年分ものホコリやカビがたまっていたので、長持を開けると鼻の中が真っ黒になりました(笑)。膨大な資料の中でも私が調査しようとしているのは朝鮮美術ですが、とりあえず全部を見ないとどれが朝鮮美術なのかわかりません。その中には書画もありましたし、焼き物もありました。掛け軸が何本もまとめて納めてあったり。ほかにも、雲水(うんすい)さんが使った漆塗りの経机や食器など、ほかす(捨てる)ことはできないけれど、とっておくのも大変という品がたくさんあったんです」

   両足院は学僧が輩出し、現住職の父も蔵の中にある古典籍(こてんせき)などはよく読んでいた。それだけは目立つところにあったが、ほかはよくわからない。ひとつひとつ広げてみて分類する作業が続いた。

   珍しいのはキムチを漬けていたと思われる甕器(オンギ)。傾けると、中からカラカラになった唐辛子が出てきた。朝鮮半島からキムチを入れて対馬に渡ってきた甕器が、建仁寺の僧によって京に持ち込まれ、蔵の奥深くしまわれていたのだ。

   日本では高麗茶碗のように雑器が茶道具に転用され、珍重されてきた歴史があるが、ハングルで大きく「朝鮮国」と書かれた甕器はもっと素朴なものだ。日本にやってきた朝鮮半島の人々にキムチはやはり欠かすことのできないものだったらしい。墨で描かれた羅漢(らかん)図も見つかり、片山を喜ばせた。

   今、片山は両足院に通いながら資料の預け先にも行って、資料を細部まで検討・分類する日が続いている。

「整理台帳ができたら、両足院のご住職には200年、300年という長い目で見て、膨大な資料のうち何を残していくのかというご提案もしていきたいと思っています」

   すぐに答えの出る問題ではないが、丹念な調査と分類を経て次の時代に受け継ぐべきものを考えていくのも、片山が担うプロジェクトにふさわしいテーマであろう。名刹・建仁寺両足院の貴重な文物が整理され、後世に受け継がれていけば、日本と朝鮮半島の交流の歴史に、派手さはなくても新たな一筋の光が当たるにちがいない。

(敬称略、文・ノンフィクションライター 千葉望)

公益財団法人韓昌祐・哲文化財団のプロフィール

1990年、日本と韓国の将来を見据え、日韓の友好関係を促進する目的で(株)マルハン代表取締役会長の韓昌祐(ハンチャンウ)氏が前身の(財)韓国文化研究振興財団を設立、理事長に就任した。その後、助成対象分野を広げるために2005年に(財)韓哲(ハンテツ)文化財団に名称を変更。2012年、内閣府から公益財団法人の認定をうけ、公益財団法人韓昌祐・哲(ハンチャンウ・テツ)文化財団に移行した。

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