2018年 11月 14日 (水)

「静脈産業」を支える在日韓国人の体系的調査をスタート

印刷

   人間の生産活動によって、日々いろいろな製品や製造物が生み出されている。この生産工程にかかわる産業を『動脈産業』とよんでいる。

   では、『静脈産業』という言葉はご存じだろうか。

   製品は使用され、消費され、やがて廃棄物(ゴミ)になる。その廃棄物をふたたび製品の原料に循環させる産業を静脈産業とよんでいる。

  • ある日、静脈産業の経営者に在日韓国・朝鮮人が多いことに気がついた。そしてなぜ、東北地方に有力企業があるのか? 劉庭秀教授の調査がはじまった(写真 菊地健志、以下同)
    ある日、静脈産業の経営者に在日韓国・朝鮮人が多いことに気がついた。そしてなぜ、東北地方に有力企業があるのか? 劉庭秀教授の調査がはじまった(写真 菊地健志、以下同)
  • ブルーの綺麗なガラスのコップは、廃車のガラスから再生した。手前の黒の財布は、廃車の革シートから再生した。静脈産業から生み出された製品だ
    ブルーの綺麗なガラスのコップは、廃車のガラスから再生した。手前の黒の財布は、廃車の革シートから再生した。静脈産業から生み出された製品だ
  • 劉庭秀氏は韓国では、2009年から「韓国自動車資源循環協会」の海外技術委員、2015年から「韓国資源リサイクリング学会」の理事。2016年に、東北大学大学院国際文化研究科の教授に就任した
    劉庭秀氏は韓国では、2009年から「韓国自動車資源循環協会」の海外技術委員、2015年から「韓国資源リサイクリング学会」の理事。2016年に、東北大学大学院国際文化研究科の教授に就任した
  • 左は、2006年に韓国で出版された著書『ごみから見える世の中』。日本の環境省にあたる韓国環境部の「優秀環境図書」に選定された。右は、2017年にイギリス王立化学会が発刊した英文の学術書、第8章を担当執筆した
    左は、2006年に韓国で出版された著書『ごみから見える世の中』。日本の環境省にあたる韓国環境部の「優秀環境図書」に選定された。右は、2017年にイギリス王立化学会が発刊した英文の学術書、第8章を担当執筆した
  • 調査が終わってから、静脈産業の経営者たちは「同胞だ」と告げることが多い。このテーマは、祖国出身の劉庭秀教授にしかできない仕事になるだろう
    調査が終わってから、静脈産業の経営者たちは「同胞だ」と告げることが多い。このテーマは、祖国出身の劉庭秀教授にしかできない仕事になるだろう

リサイクルの経営者に「在日」が多いのは

   『静脈産業』ですぐにイメージできるのはスクラップなどのリサイクル業だが、リユースや焼却によってエネルギー回収する「サーマルリサイクル」、修理して使うリペア、最終処分の「埋立」をふくめると範囲は広い。

   素材は、鉄、非鉄金属、プラスチック、ペットボトル、生ごみ、古紙など、あらゆるものが対象になる。

   環境産業の中でも、『静脈産業』は必要不可欠でかつ重要な位置を占めている。世間がほとんど注目しなかった頃から、この分野を研究してきたのが、東北大学大学院国際文化研究科の劉庭秀(ユ・ジョンス)教授だ。

   韓国の弘益(ホンイク)大学で都市計画を学び、筑波大学大学院では社会工学を専攻した。研究者以前はエンジニアリングや食品リサイクルの会社で働いた。

   ゴミを積んだトラックを運転した経験もあり、廃棄物の現場をよく知る研究者だ。

   2000年に東北大学大学院国際文化研究科の助教授(当時)。2016年に同大学大学院教授に就任。研究を続けているうちに、あることに気がついた。

   それは静脈産業の経営者に在日韓国・朝鮮人が多いことだった。さらに東北地方に静脈産業の有力企業が存在することも気になった。

   経営者の名前は日本人名(通名)なので、調査前にはわからない。しかし調査を終えたあと先方の経営者から連絡があって、同胞であることを告げられるケースが何度もあった。彼らから話を聞き、調査に協力してもらう中で、企業や経営者にどういう歴史があったのか。静脈産業をはじめた背景は何なのか。しだいに興味が広がっていった。

東北に多い経営者たちは九州や大阪から来た

   静脈産業と在日韓国人。調べてみると、そうしたテーマの本そのものがない。

   さらに詳細な調査を進めるために、公益財団法人韓昌祐・哲文化財団の助成を受け、在日韓国人(日本国籍を取得した人をふくめ)が経営する全国各地の大手リサイクル業者6社~8社を訪ね、現地調査とインタビューを行う計画だ。

   助成事業としては、既存の先行研究、日韓におけるスクラップ貿易統計、業界新聞記事データベースなどの資料収集、また各企業の先代の自叙伝の収集と整理も行いながら、静脈産業における在日韓国人の過去・現在・未来を展望する試みだ。

   また、2000年以降に再生された鉄、非鉄金属の製品の主な輸出先になっている韓国の大手メーカーにも調査を行い、日本からの鉄スクラップの供給の特徴や問題点、今後の方向性を分析する予定だ。

   これらの研究成果は日韓の関連学会、シンポジウムなどで積極的に公開し、2020年3月をめどに書籍を出版したいと考えている。

   それにしてもなぜ、東北の静脈産業の経営者に在日韓国人が多いのか。劉庭秀教授によると、もともと大阪や九州にいた人たちなのだという。

   戦前の朝鮮人は出稼ぎの作業員として日本に渡航し、家族を呼び寄せて増えていった。その後、1944年の国民徴用令で強制的に工場などに動員された人々がいた。

   敗戦後、町の至るところに戦災による屑鉄(くずてつ)が放置され、屑鉄回収は手っ取り早い商売になった。生き延びるために在日韓国人の約10%が、「古物屑鉄商」についたといわれる。

   現在も、全国各地に在日韓国人が経営している大手スクラップ(総合リサイクル)業者が多く見られるのはそのせいだ。

   戦時中、徴用で強制的に九州の炭鉱で働かされていた在日韓国人の一部が、労働環境の過酷さに耐えかねて逃げ出し、北へ北へと逃れて東北地方で「古物屑鉄商」を始め、それが発展して、今につながったと見る。

韓国の経済発展にも貢献

   その一例が、東北地方の最大手で、青森県弘前市に本社を置く青南(せいなん)商事だ。自前の焼却炉を持つ鉄の総合リサイクル事業者で、東北6県に拠点を置き、広域のビジネスを展開している。

   鉄・非鉄金属のリサイクル、自動車リサイクル、サーマルリサイクル、容器包装プラスチックリサイクル、小型家電リサイクル、廃棄物最終リサイクルと幅が広い。

   グループ全体の従業員数は約600人で、売上高は215億円におよぶ。現在の経営者は3代目に当たるという。

   初代は青森にやってきたものの職がないので、リヤカーを引いて屑鉄を集めることからはじめた。その後、安東商会を設立、スクラップを事業化した。やがて青函トンネルの工事など高度経済成長期にともなって鉄需要が高まり、事業が劇的に拡大した。1972年に、(株)青南商事を設立した。

「この会社の特徴は、設備投資を積極的にやったことが大きかった。それによって精度の高いスクラップの選別と高品質の再生資源の生産ができるようになり、その後の成長につながった」

   最新の機械設備と手作業を組み合わせ、さまざまな現場から集めてきた廃棄物から、金属と他の物質を比重、風、色、渦(うず)電流などで選別し、資源化するシステムを作った。

   設備投資によって製品の品質向上を図り、事業者としての信頼度が高まった。いまでは韓国の現代(ヒュンダイ)製鉄、東部(トンブ)製鉄をはじめ大手製鉄会社に鉄を収めるなど、韓国の経済発展にも貢献している。

   「高品質の鉄を供給できるところが強味。韓国では青南商事の鉄はブランド化している」と、劉教授は語る。

「大震災での廃車のほとんどを在日韓国人が処理したのでは」

   そしてもう1社、岩手県一関市にある株式会社ヨシムラは、従業員数180人。銅、アルミなど非鉄金属の、有力企業だ。

   劉教授によると、ヨシムラの創業者も、青南商事の創業者と同様に九州からやってきた在日韓国人だという。

   銅スクラップである廃電線の再資源化や自動車リサイクルを主軸に、海外へのリサイクル事業を積極的に手がけている

   青南商事も、ヨシムラも、東日本大震災の時に大量発生した震災廃棄物の処理に大きく貢献した。

「東日本大震災で廃車になった膨大な数の車のほとんどを、在日韓国人が処理したのではないか」

   初代は個人経営の古物屑鉄商から出発した。戦後生まれの2代目が先代から経営権を譲り受け、企業化した。その後、2000年以降、高等教育をうけた3代目が先進的な大型設備や新しい経営手法を導入して環境ビジネスを確立した、という流れがあるようだ。

   これから名古屋、大阪、四国、九州のリサイクル事業者の調査に入る。こうした地道な調査をもとに、静脈産業の業界全体の売り上げの中で、在日韓国人系事業者が何割のシェアを占めているのかを調べてみたいという。

「在日韓国人が日韓のリサイクル産業に果たした役割とは何だったのか。そしてもう一点、日本の静脈産業の変遷を解明してみたい。昔は差別されていた業種だった。しかし、経済成長期に貢献できるようになり、今では持続可能な社会実現の中心的なビジネスとまで呼ばれるようになった。環境産業として重要な産業に発展した現在、時代の変化を体系的に整理、分析し、考察してみたい」

   在日韓国人からすると、「祖父が古物屑鉄商だった」という逸話は、ありきたりな話だ。しかし、それを体系的に書いた類書はない。埋もれやすい歴史なのだ。

   (公財)韓昌祐・哲文化財団 の助成事業によって、インビジブル(姿を現さない)ヒストリーの発掘が始まろうとしている。

   韓国出身の劉庭秀教授が、日韓の静脈産業における在日韓国人の社会・経済・国際的な位置づけと役割の変遷をいま明らかにする。

(ノンフィクションライター 高瀬毅)

公益財団法人韓昌祐・哲文化財団のプロフィール

1990年、日本と韓国の将来を見据え、日韓の友好関係を促進する目的で(株)マルハン代表取締役会長の韓昌祐(ハンチャンウ)氏が前身の(財)韓国文化研究振興財団を設立、理事長に就任した。その後、助成対象分野を広げるために2005年に(財)韓哲(ハンテツ)文化財団に名称を変更。2012年、内閣府から公益財団法人の認定をうけ、公益財団法人韓昌祐・哲(ハンチャンウ・テツ)文化財団に移行した。

今すぐ無料会員に登録して、コメントを書き込もう!

注目情報

PR
追悼
J-CASTニュースをフォローして
最新情報をチェック
電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中