2018年 10月 23日 (火)

AI、どこまで期待し、どれほど恐れるか

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■「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著、東洋経済新報社)

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   人口減少が本格化しつつある中、今、どこでも、どの業界でも、人手不足が深刻である。とりわけ医療福祉分野の悩みは深い。施設は空いているのにスタッフが確保できずに、利用者の受け入れができない事業所も増えている。将来の見通しはさらに厳しく、現在でも、全就業者8人に1人が医療福祉サービスに従事しているのに対し、2040年には、5人に1人にまで増えると見込まれている。評者が入省した30年以上前には20人に1人も満たなかったことを考えると隔世の感がある。

   さすがに社会の担い手のうち、5人に1人を医療福祉分野で独占してしまうような事態は非現実的だとして、ICT(情報通信技術)、AI(人工知能)、ロボットなどの技術をフル活用するなどして、人手のかからない現場を実現するべく、本格的な取組みが進められている。

   既に、センサー技術などは実用化され、介護施設などの夜勤の負担軽減に役立っているほか、画像診断の領域などでは、AIの実用化も視野に入ってきている。人手確保が深刻な状況だからこそ、「テクノロジー頼み」という感がなきにしもあらずだが、業界では半信半疑ながらも期待する声が強い。

   果たして、AIやロボットといった技術は、どこまで実用化が期待できるのかといった関心から、本書を手に取った。

「意味」を理解できないAIの限界―ケアの領域では、まだ使えない―

   著者が率いてきた、人工知能が東大合格を目指すプロジェクト、「東ロボくん」は、2011年以来、改良を重ね、直近では、偏差値57.1、全国756大学中、7割の535大学で合格可能性80%以上のレベルにまで到達したそうだ。

   AIが得意とする検索機能を生かせる世界史では、偏差値66を超えるなど素晴らしい結果を出した一方で、国語や英語では、偏差値50前後にとどまり、これ以上大きな改善は期待できないとする。

   著者によれば、当面、東大合格はできないだろうという。現在のAIには、人間に備わっている「読解力」や「常識」がないという根本的な限界があるからだ。AIに「情報=データ」、すなわち「知識」はあっても、その「意味」がわかっていないというのだ。

   どんなに賢そうに見えても、AIは「計算機」でしかなく、入力された大量のデータを基に、統計と確率を駆使して、検索などの作業を行うに過ぎない。確かに世界史のように、こうしたアプローチが有効な分野もある。しかし、国語や英語の試験に出る文章題を解くには、前後の文脈から「意味」を理解し、判断することが必要だ。現在のAIでは、こうした人間の複雑な認識を一つひとつ数式化することはできないため、当面、これ以上の進展は難しいという。

   現在のロボットは、「将棋の名人には勝てても、近所のお使いにすら行けない」のだ。

   前述のように、人手不足が深刻化するケアの領域においては、介護ロボットの活躍が期待されている。しかし、著者が指摘するAIの限界は、ロボットを人間が補助的に利用することは可能だとしても、人間に代わってロボットが介護する時代がやってくるには、まだ時間がかかることを示唆している。

   2013年に、英オックスフォード大学の研究チームが予測した、AIの普及に伴って10年~20年後にも残る仕事、トップ10を見ると、何と医療福祉職種が7つも入っている(レクリエーション療法士、メンタルヘルス・薬物関連ソーシャルワーカー、聴覚訓練士、作業療法士、歯科衛生士・歯科技工士、医療ソーシャルワーカー、口腔外科医)。いずれも、コミュニケーション能力や理解力、そして、柔軟な判断力が必要な仕事だ。

   ケアの領域では、まだまだ人間が必要とされており、AIやロボットが代替してくれると考えるのは尚早のようだ。

ホワイトカラーの仕事の半分は代替―AIにできない仕事ができるか否か―

   AIに限界があるとはいっても、そのインパクトは半端ない。今後10年~20年の間に、ホワイトカラーの半分が仕事を失うほど、急激で大規模な影響が生じる可能性があるという。

   著者曰く、発明や新技術の登場で仕事がなくなることは、今に始まったことではない。むしろ歴史はそれを繰り返してきた。近年でも、ATM(現金自動預け払い機)の導入で銀行の窓口業務は激減したし、写真のデジタル化によって街中のDPE(写真の現像・焼き付け・引き伸ばし)の店は姿を消した。

   しかし、AI技術の持つ広汎性、そして効率性が仕事にもたらすインパクトは、質的に大きく違うというのだ。

   既に、その兆候は、あちらこちらに見られるようになっている。名の知れた大銀行が次々とICTによる業務効率化によって事務作業を減らし、店舗の統廃合を進めて、万人単位の業務量を削減すると発表したのは、その証左であろう。

   これから、私達、人間に問われるのは、「AIにできない仕事」を自分はできるのかという問題なのだ。

教科書を理解できない子どもたち―最優先で取り組むべき課題―

   著者曰く、AIの弱点は、万個教えられてようやく一を学ぶこと、応用が効かないこと、柔軟性がないこと、決められた枠組みの中でしか計算処理ができないことだという。したがって、人間がAIにできない仕事をやっていくためには、一を聞いて十を知る能力や応用力、柔軟性、フレームに囚われない発想力などが必要ということになる。

   著者は、大学生、そして中高生を対象に、数学や読解力の調査を行う中で、現在の子ども達の相当数が、基礎的な読解力、著者の言葉を借りれば「教科書を読んで内容を理解する力」が欠けているという驚くべき現実を知ることとなった。

   2万5000人の中高生を対象に実施した読解力調査の結果からは、

・中学校卒業段階で、約3割が(内容理解が伴わない)表層的な読解もできない
・高校生の半数以上が、教科書の記述の意味が理解できていない
・読解力と家庭の経済状況には負の相関がある

などがわかったという。

   近い将来、AIが今ある仕事の半分を代替する時代が到来すると、読解力の低い中高生たちには、できる仕事が無くなってしまう。同時に、社会にはAIにできない仕事ができる人材が不足するため、皮肉なことに、企業にとって深刻な人手不足となる。

   こんな未来予想図を回避するために、著者は、子どもたちがAIにはできない仕事に従事できる能力を身につけられるよう、力を尽くすべきだと熱く語る。具体的に今、取り組むべき優先課題は「中学校を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすること」だという。

   こうした子どもたちの現状は、最近になって生じたものなのか、それとも、以前から既にこうした状況だったのかはわからない。しかし、AIというモンスターがこれまでの仕事の多くを奪っていってしまう可能性を考えれば、AIに代替されることなく、人間にしかできない仕事を為すことができる力を養成することは、最優先の課題であろう。何よりも、これは子どもたちの未来への投資でもあるのだから・・・。

JOJO(厚生労働省)

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。
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