2018年 12月 11日 (火)

極限状態でも「言えない」こと 生存者の苦しみがそこにある

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■『沈黙の叫び』(尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑建立事業期成会・編、南山舎)

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   沖縄戦で住民が集団自決したチビリガマという洞窟がある。昨年9月、ここで地元の少年らが肝試しと称して内部を荒らし破損する事件が生じた。

   一報を聞いたとき、大戦はかくも遠くなったかと驚いたが、若い世代を中心に、我々はおよそ戦争を想像できない平穏の中にいるのは事実である。

   本書を読み、惨禍を「知らない」ことの意味に思いを致して、少年らのことを改めて調べてみた。保護観察処分となった少年らは、ガマを修復・清掃するほか遺族会にレポートを提出したという。順調な更生であってほしい。

語られることのない、永久に知られざる真実

   石垣島を出港し、台湾に向かっていた疎開船二隻が米軍機に攻撃され、一隻は火災を起こし沈没、残った一隻が尖閣列島の釣魚島に辿り着き、吹きさらしで食糧もわずかな絶望的な状況から奇跡的に帰還を果たした、というのが本書の事件のあらましである。疎開船の悲劇といえば対馬丸事件しか知らなかった評者は、幾重にも折り積み上がる犠牲をさらに知らされた思いである。

   攻撃で斃(たお)れた方々、船上火災に巻き込まれた方々、波間に消えた方々、孤絶した島で力尽きた方々、そして帰還後に衰弱等で亡くなった方々。

   戦争について学ぶと否応なく直視させられる犠牲者にも、それぞれ、生まれ育ち泣き笑いしてきた人生と、それをともにする家族があった。自らの家族に重ね合わせれば、このような最期がいかに残酷か、ある程度までは想像できよう。

   しかし、どう足掻(あが)いても感得できない部分がある。証言の一部に表れる、「言わない」「言えない」事柄だ。伝えて頂けない以上、感得できないのは当然ではある。そうは言っても、銃撃を受けた、島にたどり着いた、食べ物がなく飢えた、との表層の奥底にある、極限状態の下で生起した「言えない」こととは、何であったか。

   編集後記はこう記す。「言わない、言えない沈黙の部分にこそ本当の事件の姿がある...証言中あえてふれられていない部分に耳をすませて沈黙の叫びを聞いてほしい」。

   無理を承知でこう書かざるを得なかった、生存者の苦しみがそこにある。

   チビリガマの事件を起こした少年たちは、ガマで起きた悲劇を知らなかった。知らぬことそれ自体さえも非難されるのであれば、この「伝えられていない事実」を知らぬ我々は、少年たちとどれだけ違うだろうか。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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