2018年 12月 19日 (水)

そもそも「テンポ」って何だろう 「時代」と「時間」から考えた

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   今年ももう残すところ1か月、師走の声をきくと、「今年もあっという間だったなあ」という感想を持つ人も多いかと思います。子どもの頃は長く感じられた1年も、大人になるとあっという間、まさに「光陰矢の如し」を実感してしまいます。

   そんな時間を感じる時期ですから、今日は音楽における「テンポ」を取り上げましょう。

   世界中を席巻し、現代のあらゆる音楽の基礎となったといってもよいクラシック音楽は、音階やハーモニーだけでなく、「テンポ」という概念も発明しました。現代では、ほとんどの人が、一般名詞として、音楽から派生した「テンポ」という言葉を使っています。

  • 手前からベートーヴェンの後期のソナタ、ショパンの練習曲、ラヴェルの高雅にして感傷的なワルツの楽譜。ロマン派のショパンと近代のラヴェルの楽譜には言葉のテンポ指示のほかにメトロノーム表示が書かれている
    手前からベートーヴェンの後期のソナタ、ショパンの練習曲、ラヴェルの高雅にして感傷的なワルツの楽譜。ロマン派のショパンと近代のラヴェルの楽譜には言葉のテンポ指示のほかにメトロノーム表示が書かれている
  • テンポをはかる機械、メトロノームには、文字盤に『アレグロ』や『モデラート』という言葉が書かれているが、あくまで目安である
    テンポをはかる機械、メトロノームには、文字盤に『アレグロ』や『モデラート』という言葉が書かれているが、あくまで目安である

音符そのものよりも「テンポのほうが重要」

   では、「テンポ」とは何でしょうか?これはクラシック音楽の母国、イタリアの言葉です。音楽用語辞典を引くと、簡潔に、「楽曲の速さ」と出てくるのですが、実はイタリア語で速さを表す言葉は「ヴェロチタ」という別の言葉があります。「テンポ」は、本来速度を表すことではなく、「時」や「時間」を表す言葉・・英語だとタイム(Time)、フランス語だとタン(Temp)となっている言葉なのです。そのためテンポを「速度」と訳しきることに抵抗もあり、辞書によっては「拍をどれぐらいの長さで打つか」と説明的に言い換えているのもありますが、「規則的に繰り返される拍」は「リズム」という別の単語もあるわけですから、考えてみたら「テンポ」という言葉、結構定義があいまいで使っているのではないでしょうか?

   テンポは結局速度なのか、繰り返す拍子の間の長さのことなのか?

   クラシック音楽の楽譜は、大切なものから順番記入してあります。曲のタイトル、献呈者、作曲者名、作品番号も楽譜の冒頭に置かれますが、音符が記される楽譜の冒頭に置かれる記号は「アレグロ」「モデラート」「プレスト」などの「テンポを表す言葉」がほとんどです。すなわち、それ以降に書いてある、音の高さを決めるト音記号や、調性を決める♯や♭などの「調号」や、音符そのものよりも、まず「テンポのほうが重要」なのです。

   それほど楽曲にとって重要な要素である「テンポ」が、あいまいでいいのか?

   話は飛びますが、古い時代の単位、例えば米国のヤード・ポンド法や、日本の畳、などは「人間中心」の考え方をしています。すなわち距離や長さの単位「フィート」は文字通り「足=フット」を基本にしています。それに比べて、新しい単位系、現在国際単位系SIといわれて使われている単位は、「人間以外のもの」を基準としています。例えば長さの「メートル」は「子午線の4万分の1」がもともとの決め方でしたので、「地球中心」の考え方です(現在は原子の動きをもとに1秒が正確に決められていますので、光が一定の時間に真空中を進む長さ、という決め方に転換されています)。

   実は、これと同じことが、「テンポ」にも言えそうです。ベートーヴェン以降の作曲家は、「メトロノーム」というテンポを刻む道具を手にしたため、「四分音符=120」などの機械的な表示を伝統的な「アレグロ」表示の横に書き記すことによって、「正確な、機械を中心としたテンポ」を明示することが出来るようになりましたし、多くの作曲家がメトロノーム表示を伝統的な「モデラート」などの言葉の横に併記しています。

17世紀に登場「ほぼ正確な時計」が人々の生活に影響

   しかし、クラシック音楽が形になり始めた頃の音楽家は、テンポをそのような、絶対的なものとしては考えておらず、「速度」ではなく「時」として文字通りとらえていたのです。

   現代人が「時計」という機械に、時には1分単位で縛られているのと対照的に、江戸時代の人間が、日の位置や日時計をもとにしたお寺の鐘で「時」をゆるやかに知った、というたとえ話が近いかもしれません。

   機械式時計は、欧州では、教会の鐘や祈祷の時間を知らせるために、11世紀ごろには普及していたと考えられますが、1580年代に天才ガリレオ・ガリレイが振り子の研究を行い、その研究に触発されたオランダのC.ホイヘンスが1656年に、世界初の振り子式時計を発明します。改良されて1日に10秒ぐらいの誤差で動くようになった時計は、漠然と時間を感じていた我々人間に、「正確な時間」というものを知らせるようになります。

   ちょうどクラシック音楽の黎明期・・先週取り上げたJ.ダウランドや、史上初のオペラを作ったといってよいイタリアのC.モンテヴェルディが活躍した同時代に、正確な時計、というものが現れてきたのです。

   現在でもつかわれているイタリア語のテンポ指示、プレスト=ものすごく速く、アレグロ=速く、モデラート=中庸な、歩くような速さで、レント=すごくゆったりと遅く、という言葉たちを最初に使った音楽家たちは、「人間がそうと感じるぐらいの速度」ということで、厳密な1分間に何回刻む、というようなことは想定していませんでした。正確な時計もなかったわけですから、当然です。しかし、17世紀にほぼ正確な時計が現れると、人間の生活に徐々に影響を及ぼしていくようになりました。人間が生活を正確な時計に合わせるようになってくると、例えば、規則的なリズムの刻みを持った音楽、同時に、たくさんの人間がその動きに合わせる音楽、すなわち踊りの音楽である「舞曲」が大流行するのです。

「正確な時計」の呪縛から一時逃れて...

   時代は下って、ベートーヴェンの活躍した古典派後期の時代、19世紀初頭に、ついに音楽のテンポをはかる機械「メトロノーム」が発明されます。ベートーヴェンもいくつかの作品にメトロノーム指示を取り入れています。しかし、機械式時計の急速な発展に比べて、メトロノームの進化はごくゆっくりで・・あけすけに言うと、精度の向上がほとんどなされず、20世紀になって電子式のメトロノームが登場するまで、「振り子式」のメトロノームは、かなりいい加減なテンポを刻むことも多かったようです。そのため、クラシック音楽のレパートリーで、どう考えても、メトロノーム表示がおかしいと思われる作品が、ベートーヴェンのものも含めて、数多く見られます。

   音楽は時間芸術ですから、それぞれの時代の「時の感じ方」が反映されています。機械式の正確な時計ができる以前にルーツを持つ音楽ですから、その「テンポ」は、「時をどう感じるか」によって決められていたわけですが、これは、機械が刻む「時間」、現代人が意識している「時間」とは異なっていたと思われます。クラシック音楽のレッスンの現場では、「テンポを正確に」という言葉が飛び交いますが、実は、「テンポとはある程度幅のあるもの」というのが真相といえましょう。

   正確な時計が時を刻むようになって、音楽も徐々に影響を受けてきました。古い時代の曲は、ゆったりとしたテンポ、またあまり刻みの多くないものが多く、現代に近づくほど、速く、刻みの多い音楽になるからです。

   「テンポ」は単純な「速度」ではなく、人間の内なる感覚に基づいた、「『時』をどうやって認識するかという意識」と言えるかもしれません。時間とともに流れてゆく、音楽そのものの重要な要素です。

   師走の忙しい時期、「正確な時計」の呪縛から一時逃れて、「音楽的な時間」に身を任せるため、我々はコンサートに足を運ぶのかもしれません。

本田聖嗣

本田聖嗣プロフィール

私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でフプルミエ・プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目のCDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラマ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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