2019年 4月 24日 (水)

著者の「地獄」がより生々しく現世的に迫る

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■『地獄の思想』(梅原猛著、中公文庫)

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   本年1月に亡くなった梅原氏を偲んでか、半世紀も前に出版された本書が書店に平積みになっていた。氏の初の単著という。

   著者・梅原猛氏には毀誉褒貶があると聞くが、実際のところはどうか。先入観を持たぬよう冷静に読もうと思いつつ、断定的な言辞につい「おかしいだろう」などと反応してしまう。文庫版解説が「凄烈にして果敢な書物」という言葉で始まることが、よく理解できる。

   本書を著した当時、著者は40代前半であったという。年齢相応の血気も感じさせるが、そもそも気性の激しい人でもあったのだろう。

古代列島人は「楽天的な生命肯定の思想に生きていた」のか

   著者は、本居宣長を「国粋主義的思想家」と断じ、その国学は、外来文化である仏教がもたらした影響を全否定するために日本文学を見誤った、と批判する。そして仏教思想を概説しつつ、日本文化には、仏教がもたらした「生命の思想」「心の思想」そして「地獄の思想」が存在する、と主張する。

   以上の解説を経てのち、まず本書前半は、釈尊から親鸞に至る仏教思想の変遷を概説する。 著者の仏教論は、大きな誤りを含むとして仏教界から厳しい批判も出たと聞く。だが、仏教思想のコンパクトな解説書としてみれば、本書は非常に分かりやすい。難しいものを易しく説明する、という営みは、時として正確性を犠牲にせざるを得ないものだ。その意味で、多少の粗さや誤謬がありうると認識した上で読めば、本書は『日本仏教入門』とも言うべき側面を有すると言えよう(むろん仏教に疎い評者は、この位置づけに専門家から批判があれば甘んじて受ける)。

   著者の国学批判も、国学自体を分析せず一刀両断にするきらいはある。

   国学を「国粋主義」と規定する点は、執筆時の時代背景から筆が奔(はし)っただけと片づけることもできるが、本当に古代列島人は、著者が言うように「楽天的な生命肯定の思想に生きていた」のだろうか。その楽天的古代人に、仏教が地獄を教え、それが日本文化を規定したという著者の主張は、評者には現実離れして聞こえる。

   平均寿命が極めて短い古代人にとって、「死」は目の前に常にその暗い口をぽっかりと開いて人々を誘っていたはずだ。古事記にある黄泉の国の描写も凄まじい。仏教以前の古代列島人が、現生の苦しみを死後の世界と関連づけなかったとは思えず、そうした意味での「地獄」はその頃から認識されていたはずだ。仏教は、潜在的に存在したこの地獄を体系化したに過ぎないのではないか。評者はそう思ったが、この批評は浅学菲才の評者が本書を誤読した故に生じたものかも知れない。

後半は「日本文学史入門」

   本書後半で、著者は、仏教由来という「地獄の思想」をベースに、日本文学に表れるその思想を解説する。「地獄」すなわち「生の暗部、苦しみ」を凝視する営みを表現しているとして俎上にあるのは、源氏物語、平家物語、世阿弥、近松門左衛門、宮沢賢治、太宰治。

   仏教解説と同様、歯切れの良い、分かりやすい解説だ。これもまた、決めつけが過ぎるとの批判を受けそうな記述が多いのだが、主観的な決めつけというものは、得てして読んでいて面白いものなのである。古典をもう一度読み直したくなってくる。前半と対比すれば、後半は『日本文学史入門』であり、本書の真骨頂はここにあると評者は思う。

   この文学案内を読んでいくと、文学が人生における苦しみを表現すれば、それは地獄の思想である、という、これまたいささか短絡的な指摘が散見される。宮沢賢治のような仏教徒の書いたものはいざ知らず、それ以外の生の苦しみを全て仏教に帰するのは如何か。日本人の死生観に仏教が影響を与えたことは確かだろうが、苦しみそのものが文学のテーマにならぬはずがなく、このことは仏教を知らぬ西洋にあっても同じだ。地獄という他の文明でも普遍的な存在を、仏教的な存在に矮小化し、日本文学に当てはめる。著者のいう「地獄」は、このギャップのために、逆に仏教から離れて独り歩きを始める。

   だが、さればこそ、著者の「地獄」は、より生々しく現世的なものとして迫ってくる。本書の味わいもそこにある。著者自身がその地獄に苦しんだであろうことが示唆されていることは、本書解説も述べるとおりである。生きることは苦しみである。修養不足の評者は、この点は強く同意したい。

   それにしても、「地獄」というおどろおどろしい概念を「思想」という語で昇華させた、本書の表題は巧みという他ない。本書が往時大いに売れた所以は、やはりその表題の故だろう。

   高度成長期という時代の空気は、その時流に乗った表題を持つ本書を、そしてその著者の存在を押し上げていったのだろう。本書は、一つの時代を画した読み物として、その空気を証言する存在となっていくのかも知れない。

酔漢(経済官庁・Ⅰ種)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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