2019年 3月 26日 (火)

槇原敬之、「Design&Reason」
デビュー30年目の原点回帰

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   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   平成を代表する男性シンガーソングライターと言えば、真っ先に名前があがるのが、槇原敬之だろう。

   当時のカセットテープのメーカーが主催していた「AXIA MUSIC AUDITION89」でグランプリを獲得、1990年10月、シングル「NG」、アルバム「君が笑うとき君の胸が痛まないように」でデビューした。以来、29年。今年が30年目を迎える。アルバムの総売り上げ枚数でも屈指の存在となった。2004年には売上枚数1000万枚突破の最速記録を残している。

   ただ、2019年2月13日に発売になった彼の22枚目のアルバム「Design&Reason」を聞いて、これだけのキャリアがありながら、こういうアルバムを作れるということに彼の存在を再認識させられてしまった。

  • 「Design&Reason」(SMM itaku、アマゾンHPより)
    「Design&Reason」(SMM itaku、アマゾンHPより)

ライフソングとラブソング

   槇原敬之がデビューした時、何よりも新鮮だったのはラブソングのみずみずしいリアリティーだった。誰にも思い当たる恋愛の機微。常套手段のような言い回しやフレーズは使わない。身近な題材や小道具を織り込んださりげなく日常的な情景や心理描写の巧みさは短編小説やドラマのワンシーンのよう。デビューアルバムから初期の3枚の日本語の長いタイトルというスタイルも画期的だった。そして、ピアノと打ち込みというスタイルや微妙な心の揺れをすくい取ったようなメロディーの切なさは従来の男性シンガーソングライターでは際立っていた。

   ただ、彼のキャリアで語らなければいけないのは、そうした"ラブソング・マスター"に留まらなかったことだろう。21歳でデビューした90年代と30代になって迎えた2000年代とは明らかに作風が変わった。その象徴的な曲が2003年にSMAPが歌った「世界に一つだけの花」であることは言うまでもない。人は誰もがかけがえのない存在であり、その人にはその人にしか咲かせない花がある。当時、彼が言っていたのは「人生に意味のあるポップス」だった。

   恋愛体験の共感ということだけでなく、それを更に発展させ深化させたような聞き手の人生に寄り添って支えになる歌。彼はそれを「ライフソング」と呼んだ。ラブソングとライフソング。2010年のデビュー20周年で発売されたベストアルバムは二枚。「Noriyuki Makihara  20th Anniversary Best LIFE」と「Best LOVE」に分けられていた。

   そういう分け方で言えば、新作アルバム「Design&Reason」はその両方を合わせ持っていると言えそうだ。

「人を好きになる」ことの「形と理由」

   一曲目の「朝が来るよ」を聞いた時、デビューアルバム「君が笑うとき君の胸が痛まないように」の一曲目「ANSWER」を思い出してしまった。涙腺のツボに飛び込んでくるようなピアノだけの始まり。冒頭に「24時間のバーガー屋」が出てくる。「ANSWER」は地下鉄の改札から始まっていた。街中の具体的な場所を登場させるという十八番とも言えるスケッチ。それでいて「朝が来るよ」には年齢も出てくる。「50歳を過ぎた友人」が言っていたという「年を取ること」への心境。それは今年50歳を迎える彼自身と重なり合った。歌詞の中の「ささやかなことの中に隠された大事な意味」というのはアルバム全体を流れているような気がした。

   人を好きになるというのは、誰にでもある自然な気持ちだろう。でも、そこには相手がいる。時には両者の心が通い合わなかったり理解し合えないことも少なくない。その中で自分の気持ちをどう確かめていくのか。どの曲も「君と僕」の間にある微妙な「心の揺れ」を歌っているように聞こえる。

   「世界がどうだとか他の人がどうだとか」よりも「君と僕が同じ時に同じ空見て綺麗と思えたこと」の方が大事だろう、と歌う5曲目「ただただ」。「本当の闇なんてこの世界のどこにもない」と歌う6曲目「キボウノヒカリ」。手を取ったまま屋根の上で朝を迎えている「変わり者の二羽のカラス」を歌った8曲目「2 Crows On The Rooftop」。9曲目の「記憶」の中で歌われる「ほほを包む優しいぬくもり」に残された「愛された記憶」。ピアノ主体だったりギターの弾き語りだったり、近年の作品の中には少なくなっていた素朴でしみじみとした温度感はデビュー当時を感じさせた。

   キャリアを重ねるということは、多様な方法論を身につけるということでもある。同時に実績や評価がフットワークを重くするという一面もある。世間的な言い方をすれば「贅肉」ということだろう。「Design&Reason」には、それが全くと言って良いほど感じられなかったのだ。それどころか、ここまで来たからこそ気づけたことだけを歌っているようにも思えた。

   3月2日、埼玉県川口市の川口総合文化センター・リリアからアルバムを携えたツアー「Design&Reason」44本の初日がスタートした。そのステージで彼は新作アルバムのきっかけが母親から自分の生まれた時の様子を聞いたことにあった、と話していた。

   アルバム最後の曲「Design&Reason」は、まさにそんな曲だ。生まれる瞬間に思いを馳せたような曲。それぞれが生まれてくる「形」にはそうなるための「理由」がある。それを受け入れることが出来た時に生まれてくる自分の「歴史への誇り」。それは若い頃には気づけなかったことだろう。

   ラブソングというのは男女の恋愛だけのためにあるのではない。人が人を好きになる。そして、そんな自分も好きになる。「人を好きになる」ことの「形と理由」――。

   それがデビュー30年目の原点回帰であり今後の生き方の再確認なのだと思った。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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