2020年 11月 30日 (月)

クラシック音楽の代表的な形式 そして作曲家を困らせた「交響曲」

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自ら台本を書いてオペラで一時代築いたワーグナー

   これほどまで、交響曲という形式が作曲家を縛ったのは、なぜなのでしょうか? その答えは彼以後の作曲家それぞれの場合によって異なりますが、ベートーヴェンが作り上げた究極の9曲、特に第3番以降の革新的交響曲が、作曲家の内面や思想を、構造的に練り上げられた音だけの世界で、圧倒的に語ることができるから・・・と多くの作曲家が考え、同時に聴くほうの聴衆も感じたからなのかもしれません。ベートーヴェンが活躍した古典派の時代は、宮廷内部ではまだ「催し物を盛り上げる存在」としての音楽が主流でしたし、街で上演されるオペラはエンターテインメント性が問われました。そんな中で、ベートーヴェンは純粋な器楽の中でもっとも大規模な編成である「オーケストラ」を使って、人々に自分の哲学を感じてもらうことができたのです。彼は哲学書を読むのが趣味でしたし、欧州が革命と戦争に揺れた時期の作曲家だったので、常にそういったことを考えていたのです。そして、9曲の傑作を作り上げたために、以後の作曲家が、ベートーヴェンのようになりたい、彼のように「交響曲」を書いて、世に問うて、作曲家として認められたいと考えざるを得なくなったのです。

   しかし、掟破りの「合唱」まで第4楽章に参加させて、圧倒的かつ革新的な「交響曲 第9番」を作り上げたベートーヴェンを超えるのは並大抵ではありませんでした。仕方なく、というべきでしょうか、後世の作曲家たちは、交響曲にいくつかの工夫をしてゆきます。

   ざっくり、いくつかの傾向があります。ベートーヴェンの故郷であるドイツの、彼のあとに続くドイツロマン派の作曲家たち、例えば、メンデルスゾーンやシューマン、そして自他ともベートーヴェンの後継者とみられていたブラームスなどは、交響曲により親しみやすい要素を入れて交響曲を「自分の哲学的な思想を述べるだけでなく、自然の美しさなどより身近に感じてもらえる楽想を入れ、納得して聴いてもらえるもの」にしようとした努力の跡が見られます。しかし、彼らはいわばベートーヴェンの作り上げた交響曲の構造の忠実なフォロワーであり、交響曲自体の構造改革には手を付けませんでした。

   また、隣国フランスのベルリオーズ、ハンガリー生まれのリスト、ドイツのリヒャルト・シュトラウス、といった人たちは、ベートーヴェンが第九で交響曲に入れた「言葉」を重視し、すでに存在する文学作品を音で表現するような形式「交響詩」を作っていきます。いわば、交響曲に、作曲家の思想だけでなく、文学者の書いた「物語」を背骨として取り入れていこうとしたわけです。この系譜に、R.ワーグナーもいますが、彼は、交響曲という純粋器楽音楽からは離れ、自ら台本も書いて「楽劇」と呼んだオペラの世界で一時代を築きます。

本田聖嗣プロフィール
私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でフプルミエ・プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目のCDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラマ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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